こんな日もあるさ
宇宙へ上がり、エクセレンも無事に取り戻したハガネ及びヒリュウ改の面々。
しばらく敵襲もなく、各員は自機の調子を整えつつ、訓練や趣味に勤しんでいた。
しかしそんな時間さえも混乱に奪われてしまうのは、戦士の宿命だろうか。
平和は、長くは続かない。
悲鳴とも怒号ともつかぬ叫びが、ヒリュウ改であがった。
オペレーターのユンは艦内の異常を手早く報告した。
「艦長、食堂で騒ぎが起きているようです」
「食堂!?」
食堂で騒ぎになるとしたらおかずが多いとか少ないとかの口論だが、今は食事時ではない。
何事だろうか。
ユンが映像を出そうとする間もなく、向こうからコールが入った。
「ど、どうすれば、どうすればいいんですか!?」
モニターに大写しになったクスハは、明らかに涙目だった。
言葉も全くもって支離滅裂である。
レフィーナも若干慌てていたが、こうも混乱されてしまっては、落ち着かざるを得なくなる。
「落ち着いてください、クスハ少尉。状況の報告を」
「わ、わたし……こんなことになるなんて思ってなかったんです! こんなつもりじゃ……!」
「ええい、代われ、ミズハ!」
じれったそうな声と共に、カイがクスハを押しのけてモニターに映る。
「艦長、こちら食堂……一大事です。俄かには信じ難いと思いますが、事態を報告します」
阿鼻叫喚の叫びは、部屋の外にまで響いた。
軍艦であるので、壁は厚く強固な造りになっているに関わらず、である。
「……? 何、今の。まさか断末魔かしら?」
「そんなわけがないだろう。だが確かめる必要はあるな……食堂からだな」
「はいは~い。じゃ、行きましょっか!」
開閉音と共に飛び込んできたのは、クスハがすすり泣く声だった。
カイとレフィーナが艦内通信で何かを話している。
「あらま、どうしたのよクスハちゃん」
「少佐、艦長、何があったんです?」
キョウスケが問うと、二人同時にため息をついた。
「その……私は、まだ状況をよく把握できていないので、何とも……」
レフィーナが口ごもる。困惑の表情。
「やはり俺が説明するか……しかし口だけではやはり難しいな」
カイの方も言葉に迷っている様子で、首をふり、視線を他所へやる。
その先にあるのは、大机。
先程まで気付かなかったが、そこに何かの気配がある。
「やはり実際に見てもらうのが一番だと思うが、どうだ?」
ため息混じりに、諭すように。
ブリッジに映像を送るカメラからも、キョウスケたちからも死角になる陰。
そこに何がいて、何が起こっているのか。
「……この姿で、出るんですか?」
キョウスケとエクセレンが顔を見合わせた。
レフィーナが眼を丸くした。
クスハの自虐が酷くなった。
カイがまた顔を顰めた。
子供の、声。
完全に変声前の、ボーイソプラノ。
部隊内最年少はラトゥーニであり、男性に限定すれば、マサキが最年少であったはずだ。
しかし聞こえた声は、明らかにどちらよりも年下の少年のものだった。
「このような姿を衆目にさらすのか? そのような恥を……」
「しかしこのままではどうにもならんのも事実だ」
更に、それとは違う、やはり変声前の二つの声。
口論をしているようで、三つの声が入り混じる。
声に似合わぬ、小難しい言い回し。
というよりもむしろ、その口調はどれも覚えがあるもので。
眩暈がするのを感じた。
「何か、物凄くイヤンな予感……」
「いいから早く出てこんか!」
続々と野次馬が集まり、クスハが心配され、固唾を呑んで見守られる中、業を煮やしたカイの怒声が飛んだ。
「しようがない……出るぞ」
背伸びして無理矢理出したような、大人びた声。
「りょうか……っ! わわっ!?」
一段と高い叫びに、何かが床に叩きつけられる音。
ギャラリーには何が起こったのやら皆目見当がつかないが、一部始終を見ていたカイが胃の辺りを押さえているのを見ると、誰かが何かをやらかしたらしい。
その誰かが誰か、が問題なのだが。
叱咤の声。また口論。
胃痛と頭痛を堪えてまたカイが怒声をあげる。
……姿を、現した。
真の驚愕とは、それを感じる暇さえないものかもしれない。
声の通り、現れたのは三人の少年だった。
奇妙なのは、三人とも尺の全く合わない裾も袖も余りに余った服を着ていること、
そして、全く見知らぬ少年であるにもかかわらず、その場の全員が彼らの名を言い当てられるだろうことだ。
「ゼンガー隊長……ですよね?」
ブリットの声に、銀髪の少年が顔を背けた。
「ギリアム少佐……?」
ラーダが問いかけると、他の二人よりも一回り小さな少年が、長いため息をついた。
「エルザム兄さん…………なのか?」
「……世界が変わったようだ」
ライに答えて肩をすくめ、柔らかな金色の髪が揺れた。
絶句。
誰一人として動かずに。動けずに。
「…………嘘でしょう?」
リオが耐え切れずにどうにか発した呟きに、皆が心中で同意した。
「要するに……クスハの栄養ドリンクが原因なのか?」
リュウセイが尋ねると、四人が同時に頷いた。
「俺は前に飲んだから遠慮したんだが、この三人は飲んでしまってな……俺やクスハが目を離した隙に、こうなっていた」
「ご、ごめんなさい! 確かに色々試しましたけど、こんなつもりじゃ………」
クスハが小さくなると、エルザムが頷いて背を叩いた。
「そうなのだろうな、気にすることはない。それに出る所に出れば素晴らしい効能だ。しかし味と言う視点でみればいい配合とは言い難いな。計三十二品目、内訳はイモリの黒焼きに……」
「『【薀蓄は後にしろ】』」
普段なら完璧に合っていたのだろう。
タイミングは合うのに調子が全くチグハグな3人のツッコミ。
顔を見合わせて、またため息をついた。
頭がくらくらするのを隠しきれない周囲。
大きい瞳を幼い顔に配し、澄みきった高音で話すにも関わらず、その言動は二十代後半の職業軍人そのものなのだ。
「あの、出来れば外見にあった喋り方を……」
「してもいいが、本来の姿を頭から消せるのか?」
「こちらとしても今は忘れて貰った方がありがたいのだが」
「第一、 姿が変わったからと己を捻じ曲げることなどできぬ」
合体攻撃がないのが不思議なくらい、彼らの息はあっていた。
畳み掛けるような攻撃に、ぐうの音も出ない。
上面は子供なだけに、ダメージは二倍だ。
「身体は子供、頭脳は……」
「ありがちすぎてつまらないっす」
クスハ汁を分析に回し、状況がわかってきたところで、問題点を整理した。
なんと言っても、一番の問題は。
「服をどうにかしなければな」
三人とも戦力の中枢を担う人間であるから、敵襲があったらまずいのではないか、というのも重大だが、
現状では出撃どころか日常生活にも支障がある。
実際、先程の陰での騒ぎは『裾を踏んで転んだ』ものによるというのだから。
しかし、どうにかすると言っても、この艦内に今の彼らくらいの人間はいない。
着る者がいないのでは、服の存在も絶望的だ。
サイズが近い物があるとすれば。
「ラトゥーニの服なら色々と予備があるんだけどなぁ」
顔を、見合わせた。
そして、ラトゥーニの頭からつま先までに、視線を一巡させる。
こういう服は、一体どこで手にいれるのだろう。
ガーネットがコーディネートし、ショーンの陰謀により艦内で強制されているこの服。
男で、しかも軍服が普段着のような三人には到底知りえない世界。
青い顔をした。冷や汗をかいた。ため息をついた。遠い目をした。
「着なければならんのか、あれを……」
それならいっそ腹を切った方がマシだ、とゼンガーが苦々しく呟いた。
特有のオーラも消えてしまっているから、迫力のないことこの上ないが。
「こんな状況で恥も外聞もないと思いますけど」
「こういう状況だからこそだ!」
「大丈夫! ゴスロリ着せようなんてこっちも思っちゃいませんから! 坊主……じゃなかった、ボーイズファッションとか、色々あるんですよ?」
「そんなにどうするつもりだったの……?」
創造は限界を越えて、その進化は果てしなく。
人類に逃げ場なし。
逆転する運命。
極めて近く、限りなく遠い世界に。
様々なフレーズが頭の中を駆け巡る。
「……楽しんでいるな?」
「今頃気付いたんですか、エルザム少佐?」
「わお、かっわゆ~い」
「茶化すな、エクセレン」
本当に、何処で手にいれるのだろう。こういう服は。
月にもコロニーにも、無論地球にも、こういった服を着る文化はない。
少なくとも3人には知りえぬ世界だ。
ラトゥーニは悪いと思いつつ着せられたのがこれでなくて良かった、と心底安心していた。
笑ったら、後で〆られる。
ギャラリーはそう判断して必死で笑いを堪えようとしていた。
最も、当の本人たちとしては『笑ったら後で〆る』ではなく、『笑うな。笑えば即殺す』だったのだが。
緊張の糸が張り詰めて、自然と無言になった。
声を出すと現在の自分の声に嫌気がさしてしまう、という理由もあったのだが。
平常時ならばオーラだけで土下座で謝らせることも出来るだろう不機嫌加減。
しかし気付いて貰えない現状。むしろお祭り騒ぎ。
どう反応すればいいかわからない良識派は、置いてきぼりである。
そして、良識派ではないが反応に困っている人間が、全く別な所にいた。
「…………何だこれは」
離脱前に仕掛けていた監視カメラの映像を前にして、イングラムは呆気に取られていた。
ネビーイームの番人としてのイングラムはサンプルとしての価値が皆無になったことに嘆き、イングラム本人の意識としては、ただひたすらの困惑。
とりあえず乾いた笑みを浮かべていると、ヴィレッタが背後に来た。
「早く行けと……言っているはずだ」
「だけどあなたが!」
「今、奴らの戦力は低下している」
映像を見せた。
「……ミニマム教導隊?」
「これではどうにもならんだろう。援護してやれ」
ヴィレッタが目を丸くして口を抑えた。
驚くのも当然だと思ったが、ヴィレッタは予想に反し笑みを浮かべている。
「見た感じ、戻る方法はわかっていない。そしてこれは、今現在の映像よね?」
「当然だが……どうした?」
妙に勢いがある。
眼の輝き方が尋常ではない。
「ふふ……うふふふ…………普段もなかなかいい男だけど今の方が本当…………可愛い、かあいい、かーいい! た、たまらないわ……」
心が飛んでしまっている。
こんなに騒いで、他の人形に見つかったらどうするのだろう。
「わかったわ! もう速攻で行ってくるから、後は任せてイングラム!」
イングラムの手をしっかりと握り、ヴィレッタは早口で別れの言葉を述べた。
「この私の手でデッドエンドに送りこんであげるわ、ギリアム・イェーガー……ウフフフフフフ……」
何かわけのわからないことを呟きながら踊るような軽いステップで去るヴィレッタの背中を見つめて、イングラムは育て方を間違えたか、と呆れていた。
「愛ってなんだ……?」
この一瞬だけ、イングラムにつけられたジュデッカの枷は、完全に外れていた。
「……躊躇わないことさ」
ギリアムの呟きは、横の二人だけに聞こえていた。
「何がだ」
「ん? ああ……気にするな」
置いてきぼりなのは当の本人たちも同様であった。
とは言え、逃亡も許されない現状。
適当に駄弁るしかない。
「気にするなと言うが……少し顔色が悪いぞ」
「いきなり縮んだから拒絶反応が出たんだろう。嫌な予感もするしな……それに、顔色が悪いのはお互い様だ」
そう、嫌な予感。
ヴィレッタ・バディム……嫌いではない。
むしろ、好意……そう、好意を抱いているが。
身体能力と一緒に、予知を制御する力まで落ちてしまったようだ、とギリアムは心中で嘆いていた。
妙な未来のビジョンが次々に流れては消えていく。
予知能力まで落ちてしまえばよかったのに。
「しかし、意外と線が細い子だったんですね」
「普通より小さいくらいかも」
「…………中身あれなら手篭めにしても犯罪じゃないんじゃない?」
犯罪である。
しかし現在の彼らにはそんなツッコミを入れる余裕などない。全く洒落にならない。
緊張の糸をいよいよ張り詰めて、全身で威嚇する。
振るえるかどうか疑問な武器も念のために携行していたが、各自それを構えだす。
両手で持っても、重みのある銃。そして日本刀。
「……誰だよあんな命知らずな冗談言ったの」
その問いに答える者はいなかった。
武器を構える彼らが微かに涙目なのも、ツッコミたくてしようがなかったが我慢した。
今の彼らには余裕がない。
そんなツッコミを入れれば本気で一刀両断、もしくは眉間に穴が開きかねない。
身体能力は落ちても、腕は落ちていないだろう事は、何故か確信できた。
それを確信させられるのが、この三人が教導隊である所以かもしれない。
本人たちも涙目になっているのに気付き、お互いに慰めあう。
「……子供は涙腺が弱いものだったな」
「ええい、漢たる物この程度で涙するな」
「お前もな、ゼンガー」
「これで戻らなかったらどうなるんだろうな……」
「戦闘、できるだろうか……」
考えれば考えるだけ嫌な考えばかり浮かんでくる。
この姿で戦闘をするつもりなのか、と周囲が驚くのも気にせずに。
そんなことをすればどうなるだろう。
ラトゥーニでもコックピットの仕様は通常の物。
しかし彼女はそういった訓練を受けている。
先刻までは大人だった彼らが、そのまま乗れるとは思えない。
感覚は全く違った物になっているだろう。
もっとも彼らなら、本能で操縦できるかもしれないが。
その姿を想像した。
今のゼンガーがこの声で、「我に断てぬ物なし!」と叫ぶ姿を。
嫌なことを考えてしまった、とその場の全員が思っていた。
「と、とにかく、早く戻ってもらわないと!」
「分析の人頑張って~」
遊ぶのはやめて、せめて不便のないようにしてやろう、と皆が心に誓ったのであった。
敵襲もなく、数日が経った。
しかしオペレーションSRWの開始が刻々と近づいているこの時に、コロニー『エルピス』が包囲されているという連絡があった。
当然、ハガネとヒリュウ改は、救援に向かう。
エルピスに反応する機械兵士。
出鱈目な動きの操り糸。
それに対応する戦士たちの叫び。
「どうやら間に合ったようね」
ネビーイームを脱出して、月のマオ社でヒュッケバイン008Lを受け取るまでの時間。
それだけお預けを喰らったような物だが。
とうとう美味しい思いが出来る時がきた。
ヴィレッタは表面上は冷静を装っていたが、中身は臨戦態勢だった。
この戦場に、グルンガスト零式、ゲシュペンスト・R、そしてヒュッケバイン・トロンベの姿がある。
あんな姿になっても戦わずにはいられないとは。
相手が相手、しようがないかもしれないが。
せめて、癒してやるとしよう。
一通りの軽いやりとりを済ませた後、プライベート回線で話しかけてくる機体があった。
「ヴィレッタ」
ギリアムの声。当然、発信源はゲシュペンスト・R。
ここで違和感。
ギリアムの、声。
――いつも通りの。
モニターを注視した。
あの少年の面影が微かに残る、全く通常通りのギリアム・イェーガーが映っていた。
眼を疑ったが、それが現実。
その時のヴィレッタの落胆は、尋常ではなかった。
しかしギリアムが疑念の光を宿した明青の眼で見ているのを感じ、ようやく彼女本来の任務を思い出した。
「……あなたの言いたいことはわかる。でも、私の目的はエアロゲイターによる厄災を止めること」
もし問い詰められれば、言おうと用意していた言葉。
「もしも私の言葉に疑念が生じたなら、いつでも私を撃って構わないわ」
息を呑んで、ギリアムの反応を待つ。
口を開いた。
「わかった。君を信じよう」
確かな言葉。
疑いなき、真実の言葉。
……やはり、今この姿の彼が一番だ、と微笑する。
少しばかり、名残惜しかったけれども。
「それと……残念だったな。可愛い男の子といいことが出来なくて」
モニターを再び注視した。
楽しそうな彼の笑顔が一瞬だけ映り、通信が切られる。
「……初めて見せた本当の笑顔が、よりによってそれなの!?」
聞こえていないとわかっているが、叫ばずにはいられなかった。
何故、思い出させるのか。
外見があれで中身はあのまま、というのは理想的だと思ったが……
――――中身まで子供化させたほうが嫌味がなくていいかもしれない。
後でヴィレッタが聞いた話だと、何もせずとも翌日起きたら元に戻っていたそうである。
服は無駄になったが、特に異常もなく、彼らは元通りの生活を送れるようになったという。
しかし時々、何か妙な視線を浴びるようになったらしい。
彼女もその視線を送っている当人だったが、大変ね、といっておいた。
そしてクスハの元には例のドリンクの依頼が続々舞い込んでいる。
もっとも彼女は、もう二度と作りたくなかったそうだが。
焔に「クスハドリンクで子供化するっていうありがちネタ書かないか?」と言われて書いたもの。
彼女の希望は親分かイングラムでしたが、私の趣味により教導隊20代組を。
しかしこの内容じゃメインはどう見てもヴィレ姉@ショタコンだよなぁ……
まあ、私がギリヴィレ好きですからね。