春咲小紅
桜の季節であるらしい。
花見の話題がこの極東基地でもあちこちから聞こえる。
さぞ美しいのだろう。見てみたいものだ。
だが、花見と言って騒ぐのは好かない。
リュウセイやアヤが企画しているが、あまり乗り気でないのが正直なところだ。
一緒にいけば、楽しいに違いないのだが。
せめて、周りが騒がしくないところで出来ればいいのだが。
そんな時に、ギリアム少佐と廊下で会った。
軽く挨拶をしてすれ違おうとすると、彼は話をする気のようだ。
「ヴィレッタ、今週休めるか?」
「ええ、明後日は休みだけど……それが何か?」
何か思惑があるに違いない。
彼なら容易に人の休みを把握できるだろうから。
仕事の依頼かと思ったが、続いた言葉は、彼の口から出るとは思わなかったが……一緒に出かけないか、というものだった。
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髪が揺れた。南の風。
見上げた空は、完全に春になっていた。
出掛ける時は徒歩かPTに限る、という少佐の主張が本気で言っているものかどうかはわからないが、
確かに歩いて出かけるのはいいものだ。
平和になった街の活気を、そして風を、全身で感じ取ることができる。
……そして彼ならゲシュペンストに乗り込んでちょっと買い物に行ってくる、と言える気がする。
行き先は決めていないらしい。
気が向くままに、街を回って買い物をする。
時間の無駄は大きいが、それでもいい気がした。
無駄が許されるのが、平和という時。
少佐がその情報処理能力を駆使して安売りや穴場を山ほど見つけようと、その無駄遣いは、嫌いではない。
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太陽が真南に来る頃だった。
「1箇所だけどうしても行きたい場所があるのだが、いいか?」
今更断るということは……企みがある、ということ。
乗ってみるのも悪くはない。
頷いてから並んで歩く。
それほど長く歩いたわけではないが、街の喧騒は瞬く間に遠くなった。
昼間故に静かな住宅街。
「ついたぞ。ここだ」
何人かが固まっているだけで、人気のない公園。
いつの間にか少佐は私の手を引いて、桜の下まで導こうとしていた。
満開の桜。
薄紅の、霧のように。
離れて見ても、下から見ても。
「綺麗…………ね」
「一番いい日に来られたようだな」
多分眼と口の端だけが笑っているのだろう。
笑みを隠そうとして、隠しきれない時の顔。
私の意識は桜に向けられていたが、少佐の表情はなんとなくわかった。
振り向くと、その通りの彼がそこにいた。
「……ありがとう、少佐」
「礼には及ばない。私が見たかっただけだからな」
答えながら、私の髪に落ちた花びらを、軽く指で抓んだ。
しばらくそのままにしてから、風に流す。
まだそういう嘘を言える精神は何だろうか。
ただ買い物をして、ただ桜を見たかっただけなら、私を誘う必要などなかっただろうに。
指摘してやりたくて仕方がないが、ここまでしてもらってそれを言うのは野暮なものだ。
「そう。それなら、礼を言うのはやめにして……」
「現物支給、ということで」
桜と私を交互に見遣った。
頬に触れたのが桜の花びらか私の唇か、判断しかねているかのように。
どうやら少佐の予知能力でも、察知できていなかったらしい。
この“間”を私は大いに楽しんだ。
「随分失礼な反応ね。100歳男の反応じゃないわよ。」
「……私は一応27歳だ」
なお悪い、と言うべきか。
「私は礼を言いたいから言っただけ。もう少し少佐も正直な言動をした方がいいわ」
「…………悪かった、よ。お詫びに食事を奢らせてもらう」
早口で言って、視線を逸らした。
正直でないのは言動だけで、行動はいつも少佐の方が積極的だと指摘したら――
また、動揺するだろうか?
それとも、開き直るだろうか?
敢えて黙って付き従ったが、前者の対応をしてくれるのを望み、確信するばかりだった。
「2人で……」というわけで、2人でお花見。
一度妥協しつつ上げたのですが、焔が絵を描いてくれたので、開き直ってラブコメにしてみました。
物凄くこっぱずかしい話になってしまいましたが。