巡り逢える奇跡の時
また奴との戦闘があった。
私をヴェートと呼び剥き出しの敵意を見せる女――――あれは私から造られ、その事実が憎らしく消そうとする。
事実は変えられない。
私がイングラムの複製であり、ヴェート・バルシェムとして造られたのは事実だ。
そして自我を持ちながら創造者の意図に囚われた彼女が酷く哀れで、不愉快だった。
ギリアムとの情報交換――必要性の感じられない細やかなデータまで提示する。
不器用な人だ。私のことを案じ、口実を作って話しかけている。
あまり指摘するわけにもいかないが嬉しいので、礼を告げた。
「ギリアム少佐、ありがとう」
何故礼を言われるのかわからない、という顔だった。
わかりやすい。本当に不器用な人だ。
そして私も不器用だ。異性としての愛が強くなるばかりなのに、表現出来ない。
表現したいのに、してはいけないという自制が働く。特に今の状況では。
「あなたの懸念を晴らす材料になれたらいいから、知っていることを話すわ」
話しても問題ないと思える範囲まで、知っていて欲しい。
「私はあのバルシェムたちに不快感を覚えるけれど、それは正確な表現ではない」
ギリアムは反応し続きを促した。
「あの中の1体だけが、酷く不愉快」
「君に敵意を持ち、あの名前を呼ぶ指揮官の1人か」
「そう。それだけなら私は何とも思わない。奴らがその名を知り強い敵意を持つのは必然だから。それなのに対面どころか存在が近付くだけで感覚が揺るがされる理由がわからないのが、私の今の懸念の原因よ」
事実を並べつつ嘘を混ぜた――いずれわかることとは言え、ギリアムの不安を無用に煽ることはしたくない。
彼は顔を歪めている。隠し事など出来そうもないが、察しただけなら苦悶ではなく憂慮になるはずだ。
――何かを見た。
しかしすぐに正し冷静を振る舞った。
「あまり気を張りすぎないでくれ。それが何者かは現状手掛かりがないし、あまり意味を持たない。君自身が誰よりも知っているだろう? 本当の名は君の誇りだ」
私が欲しい言葉を言ってくれる彼に、欲しているであろう言葉を告げた。
「ありがとう。あなたもあまり思いつめないでね。嫌な予感がするのでしょう。でも、そうはならないわ」
私もそう信じたいから断言した。
「ヴィレッタ……ッ!!!」
絶叫し崩れ落ちた。
「ギリアム……!?」
「ヴィレッタ、ヴィレッタ、ヴィレッタ!」
「ギリアム、お願い。それは私じゃない。目を覚まして!」
爛々としているのに虚ろな2つの眼から涙が流れている。
「ヴィレッタ、すまない……俺が……もっと力があれば……」
「ギリアム、それは違うわ。私はここにいる、だから……」
「俺は君を殺してしまった」
今のギリアムにとっては紛れもない現実への懺悔。
本当に嫌な未来だし、可能性はゼロではないと言い切れてしまうのがまた嫌で仕方がない。
「ギリアム、あなたのせいではないわ」
乱雑で偶発的な懺悔を否定した。
「勿論私も悪くない」
否定し続けた。
「ギリアム……!」
目を閉じて懺悔が止まっても、呼び続けた。
「ヴィレッタ……何があった?」
薄く開きまばたきし、困惑を示した。
ギリアムは帰還した。
「急に倒れて呻きながら苦しんでいた」
話していい所まで告げた。
「……大丈夫?」
声をかけた。
「大丈夫だ、落ち着いた」
いつものギリアムらしい微笑だった。
少し笑いあったあと、静かに語り出した。
「俺の枷について少し話そうかな。君がいいのならだが」
続きを促した。
「ユーゼスとの戦いで出た虚憶という概念。ユーゼスと同様俺も虚憶に縛られている。違いは俺は生き残った、それだけだ」
強く否定した。
ユーゼスが本当に何者なのかはわからないし知りたくもないが、ギリアムは違う。
私の言葉への反応は真剣な話の続きだった。
「輪廻のどこかの記憶を朧気に持つ。俺の予知もその1つの形だ……記憶というのは曖昧だ。事実は記録されるが、各人がどのような想いでその事実を作り結果何を思ったかは残らず、本人すらも時と共に認識を変えていく。記録は別の輪廻では何1つ意味を持たず、過去か未来かにもあまり意味はない」
心と記憶の相互干渉が人を作る。
ギリアムは記憶を持ちすぎていて、零れ落ちた記憶はそれ以上に多いのだろう。
「俺とユーゼスのもう1つの違いは、俺はひとりではないということだ」
長い沈黙の後、ギリアムは自ら結論を出した。
「とても重要かつ決定的な違いね」
強く肯定した。
「私の虚憶を話すわ。私とあなたはどこかで共に戦い、世界の平和を勝ち取ったことがある。そんな気がする」
「ああ、俺も覚えている」
本心を告げ、ギリアムも応じた。
「初めて会った時からどこかで会ったことがあるような気がした。そしてその記憶は時と共に鮮明になっていく」
本当にそうだったかなどわかるはずもないが、そういうことになっていた。
「今の俺には先程とは全く別の未来が見えている。俺たち皆は勝利し光を掴む……本当にそうなるかはわからないが、そうなったら素敵だろう?」
素敵だ。心の奥底から出た確信に満ちた笑顔は、これまでのギリアムのどの表情より魅力的だった。
「そうなるわ。あなたのそんな笑顔を見たことがないもの」
笑顔で心から肯定した。
「君のおかげだ、ヴィレッタ。君は気付いていないかもしれないが、君は凄い力を持っている。少なくとも俺に対しては非常に強い。希望、かな」
ギリアムは私1人にその確信と笑顔と声をかけた。
ギリアムのことはだいたいわかる。知りたいと思う前に感じる。
ただ、これだけはわからない。
どこまで本気で、どれが嘘かだけは、見抜ける気がしなかった。
「そんなつもりはないだろうけれど、誤解してしまうわ。彼らの影響かしらね」
「そのように受け止めてくれて構わないが」
「からかわないで」
「俺はからかうし中でも君をからかうのは非常に楽しいが、嘘は言わないぞ」
「……知っているわ。だから、少し、抑えて」
動揺を抑えようとしたが抑えられるはずがないので、頼んだ。
同意し気まずそうにしていた。
普段はわかりやすいだけに余計わからない。
「良かったわ。元気になってくれて。とりあえず立ったらどうかしら」
「寝ていたか」
「どう見ても寝たままだけど」
認識の極端さもわからないし、そこから出た言動が私にわかるはずもない。
お互いに立って笑った。
「君は元気になったかな?」
「ええ、おかげさまで。ありがとう、ギリアム」
「これまたお互い様すぎてお約束すぎるな。もっと違うものを……」
「からかわないでと言ったでしょう」
笑いあい声を掛けあった。
「勝つぞ」
「皆で、ね」
決意を誓い笑った。
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「巡り逢えた愛しい人」のヴィレッタ視点です。
タイトルは勿論「流星Lovers」です。ニュアンスの違いを伝えられる技量がない←
2人だけが登場する話ってお互いの一人称をセットで書きたくなります。
三人称の良さも勿論好きです。