誰かに聞いて欲しかったあの日の約束
ツェントル・プロジェクトはクソだ。
あの悪魔との戦いから目覚めたらクソ研究者に作り物だらけの身体にされていて、拒絶反応を抑えるために奴の薬を飲まなくてはならず、イエスもノーもなく試作機のテストパイロットとして抜擢された。
ノーと言うことも出来るがそうすれば俺は死ぬ。
『死中に活を見い出せ。死には何の意味もない。倒すべき敵を倒し、生き延びろ。生に執着しろ』
クライ・ウルブズの鉄則。
あの戦いで生存したのは俺と隊長だけで、俺が半死半生で改造されている間に、隊長は責任から自ら軍を去ったという。
だからクライ・ウルブズは厳密には全滅じゃない。
フォリアたちの死を本当に無意味にしないために、俺は生に執着する。
処置を行わなければ確実に俺は死んでいたので、その点だけは感謝しなければならない。
――だがまあツェントル・プロジェクトはクソだ。
ミタール・ザパトは薬を渡す度に薬が不要になる処置をしてやろうかとニタつく、絶対罠だ。
周囲のスタッフも俺をデータ取り用のモルモットとしか扱っていない。
そもそもプロジェクトの目指す機体はAI制御の無人機なので、データ取りが終わったらパイロットの俺はお払い箱。
何だこのクソ要素しかない計画。
俺が何かしたか?
ガキの頃盗みに手を染めたくらいで、一応世界の平和のために命をかける偉大な軍人さんの一人だぞ、俺。
それもこれも生きていくためで、そしてこれからも生きていくためにツェントル・プロジェクトを利用する。
俺のコ・パイであるDFCシステムの制御オペレーター担当が選ばれたらしい。
DFCシステムは感情制御によるうんたらかんたら――何で無人機にそんなのが必要なんだよ。
アレか。心の力って奴か。一番大事なものではあるが、無人機に必要か?
そして噂のパートナーがやってきた。
「アクア・ケントルム少尉です。よろしくお願いします」
可愛い。
いや、いやいやいやいや。
いくら何でもチョロすぎるだろ。
天涯孤独でクライ・ウルブズも男所帯で、マトモに目を合わせてくれた女が初めてだからって何トキメキ感じてるんだよ。
フォリアたちとアレ系の本とか見て語り合った『好みのタイプ』そのものだが、耐性がないにも程がある。
しかもケントルムってアレだろ。
俺ですら知っている政財界に力を持つ大財閥一族だろ。
どうせお嬢様生活が嫌だからって『崇高な目的のために命を懸ける私』に酔って家飛び出した系よくある話だろ。
堅めの表情も『真面目で努力して頑張ってる私偉いでしょ』感あるし。
微笑む感じも『私の方がお姉さんで頭いいからちゃんと言うこと聞きなさいよ』感満載だし。
ついでに『こんな年下で生意気な男の子より、大人の頼れる男性の方が良かったなぁ』感バリバリ出てる。
生まれの差を嘆いても仕方がないが、俺は作り物だらけの身体でヤク漬けになってプロジェクトに縛られてるのに、士官学校でお勉強出来ただけのお嬢様がパートナーとか。
気に入らない。
ツェントル・プロジェクトはクソだ。
更に付け加えるとDFCシステムの制御には感情を装置に伝えるために身体を密着させる必要があるとかで、露出ばかりでボディライン丸出しの、これがセクハラじゃなかったら世の中からセクハラという概念が消えるくらいの目のやり場のないスーツを着せられている。
いや、必要あるか、それ。
俺のパイロットスーツも無駄に腹の部分開いていたりするが、それ必要か。
断言する、必要ない。
お嬢様が家飛び出して士官学校で成績良かったってだけでクソプロジェクトのセクハラ衣装漬けの毎日とか、クソすぎるだろツェントル・プロジェクト。
知ったらお父さん泣くぞ。
どうせ家を飛び出した一番の原因はお父さんが過保護すぎるのが嫌って奴だろ。
ただでさえ愛娘が軍人になるってのにそこでこんな羞恥とか絶対泣くぞ。
ついでに若い男とこの衣装でコックピットで2人きりとか絶望のあまり死ぬだろ。
いや、まあスタイルも予想以上でちょっと今晩のオカズを考えたりはしなくもないが、正直同情する。
道は2つ。プロジェクトの成功か、アクアを諦めさせて家に帰らせるか。
このクソプロジェクトがどうなるかなんて興味ないし、後者を選んでくれるとありがたいんだが、もう見るからに意地っ張りで頑固で生意気な感じなので、割と望み薄。
ツェントル・プロジェクトはクソだ。
案の定うまくいかない。
感情制御システムのオペレーターなのにやたら感情的でコントロールがなってないし、頭でっかちで俺のやることに口出しばっかりしてくるし、うまくいくわけがない。
シミュレーターが何だ。そっちのシミュレーターの試行回数より俺の実戦経験の数の方が上だし、効果は比べるまでもない。
時々マトモな俺の欠点の指摘もあるのが余計気に入らない。
そもそも俺が試作機のテストパイロットってのもどう考えても選抜ミスだ。
これまで量産型で実戦ばっかりだぞ。マトモなデータが取れる訳がないだろ。
ツェントル・プロジェクトはクソだ。
クソプロジェクトにクソ選抜されたテストパイロット同士仲良くしようとすれば、嫌味と余計なことしか言わないので、本当に気に入らない。
外部の連中に馬鹿にされた。
痴女。変態カップル。
誰が痴女だこのクソ野郎!
アクアだって好きで着ている訳じゃねぇし!!
むしろ羞恥心のせいで制御が余計うまく行ってないのはデータから明らかだ!
開き直ってるフリしてるが嫌なんだよ!
お父さんが泣いてるぞ!!
あと俺まで変態扱いするな!
ついでに恋人じゃねぇ!!
このクソ野郎が!!
うん、まあ謹慎だよな。知ってた。
正直しばらくお仕事しなくて済んで清々した。
身体のこと知られて同情買うとか嫌だし。
薬飲む水まで頼らなきゃいけないし。
本当に気に入らない。
そんなこんながありつつ結構うまくやれるようになったが、メディウスは強奪され、俺たちは戦場へ飛び込んだ。
先の様々な戦場で名を上げたエースばかりで、噂には聞いていたが個性豊かだ。
たまたま乗り込んでパイロットになってしまった系や不思議ロボットに選ばれた系の学生が結構いるのがまた個性豊かだ。
アクアが平均年齢どうのブツブツ言っているが、マトモな軍なら若造も若造だぞ士官学校卒業直後って。
問題はここがマトモな軍じゃないってことだけだ。
あと新しい奴と会う度DFCスーツのこと聞かれている。まあそうだ、ヤバい。
励ましてやろうとスタイル際立っていいぞとか素直に言ってやったのに怒られるし。
うん、まあセクハラだよな。知ってた。
でも可哀想な人見る視線ばっかだから俺は嬉しいってだけなのに。
気に入らない。
メディウスを奪取したのはアルベロ隊長だった。
いや、何だこのクソプロジェクト。そんな偶然あるわけないだろ。
アルベロ隊長は復讐のためだ、と言った。
あの悪魔を越えると。
割と手加減されている感はあるし奴が復活した以上倒さなくてはならないが、そのためにこのクソプロジェクトに関わるのは割に合わないと思うぞ隊長。
そしてメディウスにもコ・パイがいて、それがアクアの士官学校の頃の教官らしいという。
人工知能の研究者だったというのでツェントル・プロジェクトに関わっているというのは理解出来るのだが。
つまり。
ワガママなアクアお嬢様は家を飛び出して、士官学校でたまたまそいつに師事して、成績が良かったというだけで、クソプロジェクトでセクハラ漬けで命懸けの戦場の毎日。
理不尽すぎる。
アクアが何かしたか?
呪われてるのか? 憑かれてるのか? 祟られてるのか? 前世で余程の悪党だったのか? 禅でそういうの祓えたっけ。
――アクアのためにも生き延びる。
ちゃんとお父さんの所に帰してあげよう。
多分今頃すっごく泣いてる。
あ、でも、その時俺同行するのか?
「アクアさんを僕に下さい!」とか言っちゃうのか?
ちょっと憧れる。アクア可愛いしスタイルいいしノリツッコミばっかするし。
俺たちは共に生き延びる。
MIAにはなりはしたが新型を携えて帰還、身体のことも話して隠し事なし。
ミタール・ザパトはお前はもう用済みだ的に消されて、薬は残り僅か。
そしてアクアの尊敬していた優しいエルデ・ミッテ先生は傲慢なマッドサイエンティストでした、と。
クソだろ。いくらクソだって言っても足りない。
ツェントル・プロジェクトは世界の黒幕系思惑が絡んでるっぽいけど、俺たちが何かしたか?
このクソプロジェクトにひとつでも意味を見出したくて、この言葉を伝えた。
「死中に活を見い出せ。死には何の意味もない。倒すべき敵を倒し、生き延びろ。生に執着しろ……クライ・ウルブズの鉄則、アルベロ隊長の教えだ。いい言葉だろ? お前にも教えてやろうと思ってな」
生意気な俺らしく笑う。
「ふふ、いい言葉ね。私もその鉄則を貫こうかしら。マグネイト・テンの皆もそのつもりみたいよ?」
生意気なアクアらしく笑う。
俺たちは勝つ!!
アルベロ隊長の最後の教えは『必ず生きて還れ』だった。
世界に平和が訪れた。
皆幸せそうだった。
俺はパイロット候補生の教官になることを選んだ。
クライ・ウルブズの生きた証を、その戦いを、アルベロ隊長の教えを、後に残すために。
アクアもそれに同調した。あんな奴でもアクアにとってはまだ尊敬する先生らしい。偉い。
渾身のプロポーズはあまり決まらなかったし、お父さんに会いに行くのは大変そうだが、これからが楽しみだ。
俺たちは、幸せだ。
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『ふたつの心が結ぶ約束の勝利』のヒューゴ視点。
ヒューゴがどんな意図でアクア編に出てくる台詞を出したのかの種明かしと、アクア視点がシリアスなのでギャグ。
ヒューゴの真面目でお調子者でツッコミ系な所を全開にしました。凄く楽しかったです。割と本来の作風こっちですw
タイトルはアクア視点が『W-Infinity』だったので『Over the Rainbow』から取りました。
クライ・ウルブズの鉄則を意味しています。やっぱり電童じゃねーかヒューアク!