砂糖ひとさじ、薬を一粒

特殊戦技教導隊がブリーフィングを行っている。
「えーっと、つまりこうだな! 試作機のテストをしろ!」
「もう。それ最初に言ったわよ、アラド。全然聞いてないんだから。ただの試作機じゃないわ。量産を前提にした新型よ。PTでもAMでもないし、特機と言うには小さいわね」
「カイ少佐、少し気になるのですが……」
「言うな、ラトゥーニ。俺たちはパイロットだ。技術の出所とかそういうのを気にするのは別の連中の仕事だ。伝手に調べさせているから俺たちはただ動かせばいい」
その『ただ動かすだけ』でどれだけの犠牲が払われてきたかはカイが一番良く知っているが、この名を持つテストパイロット集団の隊長になった以上負わなくてはならない責だ。
「新しい感情コントロールシステム……嫌な感じね」
「ああ。量産機に使うもんじゃない」
ツェントル・プロジェクトのテストパイロットだったヒューゴとアクアにはわかる。
T-LINKシステムは念動力、DFCシステムはDFCスーツを着てコントロール装置に密着。
条件なしに使えたものと言えばゲイム・システムなど、人を部品にするものばかりだ。
「つまりはそういうことで、テストは最小限、暴走の危険があれば強制中断。ラトゥーニと私はデータを取り外部制御でやんす。私は初期テストには向かんしな。カイ少佐は万が一の時のためにゲシュペンストで待機」
「ここまで来るまでに何度かテストを行っているが、本格的な模擬戦は初なのでな。他の奴らも各自待機。肝心のテストパイロットだが」
「俺が」「私が」
ヒューゴとアクアが同時に発言する。
「俺が適任です」
「私は感情コントロールシステムの制御に長けています」
「そこまでだ、2人とも。ヒューゴに任せる」
カイの指示は正しいため、根拠を求めてアクアは尋ねる。
「何故ですか?」
「制御出来るだけに、逆に慣れていないシステムには振り回される。わかるな、アクア」
「ちょいちょい、俺じゃダメなんスか!? パイロットとしてはダメダメだけど、そんなもんに振り回されないし丈夫だし、悪運だけはあるから大丈夫だと思うんですけど! 俺がやります! つーかたまにはやりたい!」
「ダメよ、アラド。気持ちはわかるけど危険じゃなきゃテストじゃないの。私もその手のシステムは色々あったから出来ないし……」
「危険になる、けど死なねぇ! バッチリじゃねぇか!」
「確かにそうだ。俺もヒューゴとお前で迷った。だがお前が言うように腕の差だ」
「落ちこぼれってツラい……ま、ヒューゴさんなら大丈夫だよな!」

テストを行う。
コックピットの規格は概ねPTなどと同じ汎用のもの――ただし感情を伝えるためかシートや操縦桿などの表面に特殊な布地がある。
触れると吸い着く感覚があった。
システム、動作、概ね良好。敵は無人機複数。
「イグニッション!!」

テストは成功だった。
ヒューゴは危なげなく無人機を全て撃破した。
ただ、アクアは違和感があった。
戦い方も、何よりヒューゴの様子がおかしい。
カイに少し報告して、ぶっきらぼうな挨拶だけで出ていってしまった。
「アクア、少し来い」
命令というのもあるが、カイがその答えを教えてくれる気がして2人になった。
「アレは駄目だ。上に聞き入れてもらうには少し時間がかかりそうだが、あんなもんが使えるか」
「システムの暴走、ですね」
「タチが悪いな。ヒューゴで良かったと思うべきか、アラドやお前にやらせた方が良かったのか。とにかくヒューゴとの相性が悪かった」
言わんとすることがわかってしまった。
「身体を蝕む……でしょうか?」
「実際に悪くなる訳じゃないが、ヘタな完成をするとショック死か例の如く部品化だ。だからこういうのに頼るのは駄目なんだ。段階ではあるが危険性があるだけで十分だ。分析はラミアとラトゥーニ。俺は報告とケア。お前はヒューゴの傍にいてやれ」
「了解です」
酷く痛みながらアクアは駆けた。

遠い。どこに行けばいい。医務室。自室。
どこだ……敵……生に執着……倒せ…………!!
「ヒューゴ!!」
柔らかい、暖かい。
「アクア……?」
「しっかりして! 水、持ってくるから!」
「待ってくれ……! そば、に……」
苦しい。痛い。暴れる。
「そ、そうよね……立てる?」
「倒れていた、のか……?」
「酷く苦しんで叫んでいたわ」
「他の奴らは……」
「見ていない。私だけよ」
「そう、か……」
安堵。アクアの涙と体温が造り物の身体に響く。
――ああ、これは俺のものでもあるのか。
「何とか、立てる……薬がいる。肩を貸してくれるか」
「当然よ。パートナーでしょ」

ヒューゴの自室に何とか入り、ベッドに座らせる。
水と薬。拒絶反応が酷く1錠では足りないが、1錠で済ませなければならない。
とにかく水を飲んだ。
「ヒューゴ、あまり飲むのも良くないわ」
「水と食料だけあればいい……」
「今は違うわ。そうでしょう?」
痛い。
この痛みはどちらのものか。
心か身体か。
ヒューゴかアクアか。
「……俺で良かった。あんなもんが量産されたらたまらない」
「そうね。でもそのせいで苦しんでいる。ごめんなさい、力になれなくて」
アクアの暖かさが痛い。
「それとも、俺でさえなければマトモに使えるのかもな……なかなか強い。アレが完成して量産されたらかなりの戦力になる」
明確な痛み。
アクアの手が頬を張った。
「らしくなく弱気にならないでよ! バカ! ヒューゴのバカッ……!!」
痛みを分かちあっている。
泣いて、怒って、痛がっている。
造り物の手は涙を拭くことしか出来ない。
「……すまなかった」
「ごめんなさい……まだ苦しいのに……」
「お前が苦しんでいる方が辛い」
寄り添って座る。
冷たくて、暖かい。優しくて、苦しい。痛い。
「何だな……多少の無茶は承知の上なんだが……」
「多少じゃないし、そもそもああなるなんて思ってなかった」
「なるほど。やっぱお前頭いいな」
「頭でっかちな意地っ張りお嬢様だもの」
空元気の笑顔。
「まあ俺で良かった。アラドだったら使いこなしすぎて危険性がわからんし、調子に乗る」
「どうかしら? うまく行きすぎて逆におかしいってわかるかも」
「いや、ビルガーが使えるからわからんだろう。正直ここで一番マトモなパイロットはお前だ」
「た、確かに……カイ少佐は隊長だし何より皆の軍での保護者だから危ないことは出来ない。ラミアさんもまあそうね。年下任せは論外だし」
「ただしトンデモ機体のテストパイロットなんて普通の奴には出来ない」
「だから教導隊が動かすまで気付かれない、と」
心からの苦笑。
「まあ気にするな。テストパイロットとしては何だが、教えるのは凄く上手い」
「何で励ますつもりが励まされているのかしら。良くなったの?」
「酷いもんだがマシになった。そのうち何とかなる」
「ありがとう。苦しいのにそれでも励ましてくれて」
分厚い軍服越しに暖かさが伝わる。
「……落ち着いたらお菓子を作るわ。お母様のレシピよ」
「すぐにでも作って欲しいが」
顔を取り唇を重ねる。
柔らかい。唇が。髪が。アクアが。ヒューゴが。
柔らかさと暖かさが染み込み癒やす。
「甘い薬だな」
「本当の良薬は甘いのよ」
笑いあった。

 

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お題箱に複数お題提供ありがとうございます!
ヒューアク希望だけど別カプ可ということですが薬なら当然ヒューアクですね。
お題「砂糖ひとさじ、薬を一粒」でした。
明らかに教導隊小説引きずっていますが、こちらも大好きなキャラしかいないのにあまり書いてなかったのでOKです。
ふんわり優しくちょっと切ない系のお題なのに、ここまで堅苦しいものが書けてしまう私の性癖と発想と文体が好きだけど憎い←
正直OG世界のテストパイロットって死亡フラグしかないですよね……新教導隊はODEシステムのモロ被害者ですし。
ヒューアクのノリツッコミ夫婦をシリアス風に書きました。
余談ですが「カイ少佐の伝手は」情報部にいる教導隊の同士であるあの人で、嫌な予感がしただけで危険性を発見出来なかった責任感から、ありもしない欠陥を捏造しこの試作機を撤回させました。

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