亡霊:漆黒の堕天使

俺は実験に失敗した。
単身飛ばされた世界は概ね前の世界と変わらないようだった。
地球があり、エルピスをはじめ希望を冠した10のコロニーがある。
そしてシャドウミラーがいずれ現れる。
何もかもが崩れていくあの世界のようにはしない。
少なくともシステムXNの部品ではないこの世界の俺は、ゲシュペンストのパイロット、ギリアム・イェーガーになる。
対策を立てるのに必要なものは情報であり、工作員として活動すべきだろう。そしてコロニーに行くのは極力避ける。
希望の名を持つ箱庭に俺は存在するべきではない。

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戸籍の捏造に少し失敗したが、概ねうまくいった。
若いままの外見と低めの声は『青年』の範囲ならどうとでもなるが、軍は実績を出せば相応しい位を与えざるを得ない。
地球とコロニーの紛争により詳細な身元が不明な人間などいくらでもいるのだが、この年齢で中尉とはどういうものだろうか。

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何はともあれ、特殊戦技教導隊が結成され俺はその1人に選ばれた。
情報部を統括するジェイコブ中将が工作員出身の実力主義者で、軍の内情を知ることから俺を推挙したと聞く。
最年少で階級も低いため会話以外の実力は示すが余計な発言は慎みつつ、意見を求められれば述べ、重要なことは指摘した。
何を忘れても、会話の重要さだけは忘れない。
隊長のカーウァイ大佐をはじめ個性豊かな好感の持てる人物ばかりだったが、弁えなければいけない。
所詮は咎を背負った異邦人なのだから個人を出すことは控えた。
カイ少佐に咎められた髪型への返答だけが個性だった。
俺がやるべきことはただ1つ。
ある時のブリーフィングで発言した。
「私から1つ提案があります。我々の目標の名称……試作機一号機の名前です」
カーウァイ大佐が続きを促した。
「……人型機動兵器、呼称」
「略せ、長い」
テンペスト、ありがとう。
「とにかく、その機体の名です。目標は明確な方がいいでしょう」
「聞こう」
ゼンガーの直接的な言葉は頼りになる。
「ゲシュペンスト」
これでいい。俺がいなくともこの機体はゲシュペンストになるが、これが俺の決意だ。
「亡霊……不吉だな」
「どれだけ綺麗事を並べても兵器は不吉です。この先どのような機体が開発されようと新たな凶兆にすぎない。亡霊は戦場で生まれますが目に見えません。戦争が続く限り亡霊は増え続けます。我々と同じです。ただ、平和な時がくれば天に召されます。それを目に見えるものにする、という意味です。いかがでしょうか」
「なるほどな。俺はいいと思うが……」
カイ少佐が受け、皆が同調し、カーウァイ大佐が承認した。

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俺はこの世界に来て良かったと思えるようになりたいが、そうならないことを知っている。
エルザム、俺は君にだけは出会いたくなかった。
出会ったことで前の世界で皮肉には思えどただの文字列として認識していた事件に、光景を与えてしまった。
エルピスで毒ガスという原始的かつ最悪の兵器によるテロが起こり多くの犠牲者が出る。

俺はテロリストの統率者だった。
爆弾を使い、人体実験を行い、政略を駆使し、秘密警察を跋扈させ、粛清を繰り返した。
毒もいくらでも使った、最悪のテロリストだ。
ただコロニーという最悪の密閉空間でガスを使うのはテロですらなく、ただの殺戮だ。
そして明朗快活で家族と料理を愛し、特に愛馬と何より大切な妻への愛を語るエルザム・V・ブランシュタインは、愛妻共々無惨に殺される。

ひとつだけ救いがあるとしたら、死ぬことだ。
酷く苦しむことになるが、死ぬ。
その時まで君は笑っていてほしいと、世界を愛し続けてくれと勝手な感傷を抱き、生きた心地がしなかった。
そしてそんなエルザムが極めて人付き合いの悪い俺を放っておくわけがない。
積極的に話しかけて、愛妻の考えたレシピを喜々として披露する。
「美味しいですね」
「酷い貧乏舌だな、ギリアム。まったくうまいと思っていないだろう。私の腕のせいか?」
「私には味覚がなく、栄養としか感じられないのです」
嘘と言えば嘘だが、これに関しては嘘とは言い切れない。
エルザムの料理だけは認識を拒絶した。正常な感覚であれば心の底から感動できると確信出来る。
「嘘だな。以前はそうではなかっただろう。貧食を繰り返したせいで忘れただけだ」
「そうかも知れません。栄養だければ取れればいい、と考えていましたので」
「よし、ひとつ明確な目標が出来た。必ずお前に心の底からうまいと言わせて見せる」
「あなたなら可能かと」
「信じていないな。だが見ているがいい。私もだが何よりもカトライアが素晴らしい。私の料理を心から美味しいと言ってくれ、新しいアイデアを提供してくれるのだ」

ただの文字列だった日付を、明確に意識してしまった。

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この世界にゲシュペンストが存在することになった。
成果を喜び合う仲間の少なくとも1人は異星人と戦うことはない。
そしてエルザムは総司令マイヤーの息子だから、犠牲者として歴史に名を残してしまっただけだ。
他の誰がいないとも限らない。
カーウァイ大佐もエルピスの出身者で故郷を愛している。
テンペストも別のコロニーで起きたテロで妻子を失っている。
『地球圏の盾』と名付けられた兵器は皮肉にも地球とコロニーに深い傷を負わせたが、歯車が悪い方に動いた結果であり、明確な責任者は存在しない。
毒ガスは1つの悪意で最悪の結果を出すことが出来て、エルピス事件は止めようがない。
そしてコロニーの人間であるテンペストがエルピス事件の犠牲者にもなってしまうのは、可能性の高い事象だ。
カイ少佐は命令があればどこにでも行く。
地球とコロニーの確執を考えれば可能性は低いが、ゼロではない。
ゼンガーは地球の人間だが、エルザムの親友だ。
エルザムとその愛妻と食事を楽しむ光景が悪夢に変わるという可能性はある。
そしてエルピス事件の日付を知りシャドウミラーを迎撃する俺だけは、そうなることはない。

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何故か皆が見下ろしていた。
俺はメディカルルームで寝ていた。
感極まって倒れたのだろうと笑っていた。
酷く顔色が悪いであろう俺を励ます意図は当然あっただろうが、心の底から笑っていた。
俺は存在するべきではなかった。
それでも永遠に世界を渡り続け、死は何1つ救いにはならない。
ゲシュペンストで戦い抜く。
エアロゲイターもシャドウミラーも亡霊にすぎない。
亡霊ばかりの戦争だ。

「ギリアム」
俺の見舞いを終えて職務に戻る彼らの殿はやはりエルザムだった。
「どうされました、エルザム大尉」
「お前の異名を考えた」
エルザムは名を考えるのが好きで、特に異名を好む。
黒い竜巻の意図は黒毛の愛馬、トロンベ。
自分にしか心を許さないトロンベがカトライアにだけは懐いたのが契機で交際し、結婚を申し込み妻になったのだと笑っていた。
トロンベの名を知る人は多いがその意味を知る人は少なく、優秀な彼は少し呆れられながらも尊敬を集めている。
つまりは惚気であり、彼の人生そのものの異名だ。
ゼンガーに付けた異名は悪を断つ剣。
時代がかった言葉使いはまさしくサムライで、本人もとても気に入っている。
「聞かせてもらいましょう」
俺の人生を何と定義するだろうか。
「漆黒の堕天使」
「それはいい」
俺は心から笑った。
別のエルピスで仲間から面白半分で呼ばれた、ギリアムとゲシュペンストの次に俺を定義した名前だった。
「ですが私にはその名は重過ぎます。申し訳ありませんが」
「謝らなくてはならないのは私だ」
何故か酷く沈痛な顔をして謝罪し去った。
俺が原因なのは明白だったが、何故かは理解出来なかった。

俺とゼンガーとエルザムの階級が並んだ時ゼンガーは告げた。
「丁寧語と階級呼びをやめねば斬る」
「それは恐ろしいな、ゼンガー」
笑うしかなかった。
断言する。やめなかったら本気で斬られていた。
「ギリアム、私もそうしてもらおうか」
「ああ、エルザム。君に会えて嬉しい」
本当だ。皮肉でしかないが、特殊戦技教導隊の一員になれたことは俺の誇りだ。
素晴らしい人間ばかりの、喜ばしい出会いだ。

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タイプSの爆発事故でカーウァイ大佐はMIAになった。
遺体が見つからず、何よりあの方が死んだなどと認めなくなかった。
そして少なくとも、カーウァイ大佐はエルピス事件の犠牲者にはならなかった。
希望の名を冠する故郷で無残にも殺戮されるという皮肉を回避した。

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その事故を受け特殊戦技教導隊は解散した。
皆がそれぞれの場所へ行き、俺は元通り連邦軍情報部の所属となったが元中尉が飛んで少佐となった。
曰くつきで実戦があるかもわからない人型機動兵器のテストパイロットなどどこも欲しがらず、妥当な落とし所だ。
ジェイコブ中将に労われ、着任の挨拶を考えていた俺に、中将は何故か黒いコートを手渡した。
「仕事着だ。着用は自由だが、この挨拶の時だけは着たまえ」
現場責任者の1人として着任する軍人が、黒いコート。
少し趣味的な食えない人物のようだがそれはどうなのだろうか。
「命令だ」
「了解です」

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集められた情報部のメンバーは正規の軍服ばかりだった――何が仕事着だ。
「私はギリアム・イェーガー少佐だ。知ってのとおり特殊戦技教導隊の一員だったが、ここではあまり意味を持たない。工作員としての実績はあるが指揮経験は皆無と言ってもいい。意見、指摘を積極的に聞き入れ君たちの上官に相応しい存在になろうと考えている。遠慮は無用だ。よろしく頼む」

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そして仕事着の意味を理解した。
並んだ映像ディスクに映画が混ざっている。
映画と見せかけて正規の映像、ということもある。
コンピューター内のデータには一切入ってないので問題はないのだが。
そう、問題ない。
推測が正しければジェイコブ中将は俺が何者かは詮索しない。
理解のある上司で助かる。

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エルピス事件が起きたが結果は前の世界とは違った。
エルザム。お前は後悔しつづけるだろうし業を背負った。
ただカトライアは助けようがなく、苦しみながらも正しい判断をした。
愛する者を殺すのは最大の業だが、愛する者に殺させるというのはその業を背負わせる究極の愛だ。
お前と出会えてカトライアは幸せだった。
そして犠牲者の名を全て調べたが、少なくとも元特殊戦技教導隊のメンバーはいなかった。

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連邦政府の上層部は腐敗している。
エアロゲイターとの和平交渉と称し事実上の降伏を行おうとしていた。
DCはその交渉を物理的に破壊し、コロニー統合軍と共に反旗を翻した。
軍は政局に影響を与えられるが逆らうことは出来ない。
幸いにも俺は腐敗を食い止める側の派閥に所属していた。
俺に下された指示はヒリュウ改と合流しマオ社を始めとする重要拠点の集中した中立地帯である月が、統合軍の手に落ちることを阻止すること。
用意した機体はゲシュペンストmk2・タイプR。

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ヒリュウ改と合流したが、任じられたシャトルの防衛は失敗した。
包囲網を退けたという安堵を突かれ、リオン一機の奇襲を受けシャトルのみを破壊された――ゼンガーだ。
何故ゼンガーがDC側にいるかはわからないが、何かしら理由があるのだろう。
そしてシャトルは失ったが、ヒリュウ改のレフィーナ艦長は月に向かう命令を下した。
経験は浅いが正しく強い指揮官だ。
温存されていたゲシュペンストの試作機の改造型であるアルトアイゼン、ヴァイスリッター。
開発者のマリオン・ラドム博士は名前しか知らないが人柄は推測出来る。
ややマッドサイエンティストの気質があるが、発想と実現手段の柔軟性は天才的だ。
それを使いこなすキョウスケとエクセレンは優れた才能と相性の良さを持つ。
そしてホープ事件の契機でありコロニーの悪夢の象徴、ジガンスクード。
量産型のゲシュペンストmk2に搭乗するカチーナとラッセルは現場の軍人らしい人間だ。
そして今頃カイ少佐も現場の指揮官として戦っている。

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宇宙に上がったヒリュウ改の前にゼンガーが立ち塞がった。
データで知っていただけの大振りの実体剣、斬艦刀は特機であるグルンガスト零式よりなお巨大だ。
理由を聞いた所で理屈の通じないこの男は運命だとしか言わない。
俺は裏切ったなどと思っていないが、ヒリュウ改の他のメンバーにとっては明確な裏切り者だ。
裏切り者の辿る道など決まっているが、ゼンガーは悪を断つためならいくらでも修羅の道を歩める男だ。
戦い方は知らないが戦う強さはある。
平和が訪れれば何かしらの別の戦いが出来るだろう。
俺は平和と戦い方を知らず、強さもない。
戦争の知識と経験しかない――戦うだけだ。

そして、ジガンスクードが出てしまった。
動くことの出来ない盾はヒリュウ改に迫る斬艦刀を受け止め欠けさせた。
ゼンガーはその事実を受け撤退した。

試している。
ゼンガーは本気でヒリュウ改を斬るつもりで挑み、タスクがジガンスクードを動かすという結果を出した。
パイロットとしての訓練を受けていたが体力がなく適性試験に受からずに整備士をしていたタスクもまた、亡霊の業を背負ってしまった。

そしてこの世界における人型機動兵器の開発史。
未知の技術と敵性体は根本は同じで地球人類は試されている。
そのビアン博士の提唱に連邦軍が応え、データだけの敵性機体には明らかな人型があったため人型の機動兵器を作ることになった。
博士は今はDCの統率者であり符合が取れる。
DCとコロニー統合軍は本気で試している――どちらが地球を守るべき存在かを。
幸いだったのは、エルザムはどうやらDCに出向しているらしいということだ。
ゼンガーよりは理屈が通じるが戦わざるを得ないのは変わらず、出来れば戦いたくない。
俺はエルザムの料理を食べてみたい。
今は敵同士だが、味方として生きて再会出来ることを願う。

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様々な業と出会ったが、救えない者があった。
業を業とも思わず、ただあらゆる力を奮い手柄を立てることしか頭にない男。
手段を選ばない上に高見の見物をして姿を見せない。
あの時の俺と同じだが俺はそれ以上に救えなかった。
統率者であるが故に、止められるのは敵だけだった。
彼らに救われた俺は必ず止める。

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違和感があった。
キョウスケも感じていた。
キョウスケの勘は非常に頼りになる。普段は当たらないが、気付かなければならないものには必ず気付くと断言出来るものだ。
タスクも同類で、皆それぞれが感じていた。

コロニー統合軍に追われる補給物資を載せた輸送艦。
ヒリュウ改は連邦軍からもコロニー統合軍からも重視されている。
真実か芝居かを見極めるために、一芝居打つ。

ヒリュウ改に所属する元特殊戦技教導隊、という肩書きは非常に目立つ。
友軍の支援に感謝する善良な代表者として振る舞い共演者を隠し、芝居の終了は呆気なかった。
輸送艦の中身は毒ガスで、俺はエルピス事件の再現を防ぐことが出来た。

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そしてその男はエルピス事件の再現を盾に武装解除を勧告した。
どうする。
「やってみろ、度胸があるのならな」
キョウスケは強い。
そしてゼンガーがその決定的な非道を許す筈がなく、男は死んだ。
ゼンガーは撤退したが次がある。

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宇宙の情勢は落ち着き、ハガネと合流した。
そして、テンペストと敵対した。
復讐は何も産まないというのは綺麗事だが、死が救いというのは俺以外のだいたいの存在において当てはまる。
テンペストの復讐をジガンスクードとタスクが『地球圏の盾』として終わらせた。

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DCとコロニー統合軍は敗れ、残党が各地に散らばった。
エアロゲイターの尖兵が現れたが本体はまだだ。
俺を見いだしてくれたジェイコブ中将に感謝しなければならない。
守りたい人たちが増え続けるが寄る辺のない俺にとって、敵の情報を集めるということは何よりも大事だ。
それぞれの居場所を守るために、戦う。
情報部に戻り次の戦いにおける俺の力を準備する。
本命はPTX001-ゲシュペンスト・タイプR。

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エアロゲイターの本陣が現れ、特殊戦技教導隊の生き残りが集まった。
エルザムが料理を振る舞い皆で食べた。
あの時は何も思わなかったが、心の底から美味しいと言えた。

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エアロゲイターの指揮官。
変貌したゲシュペンスト・タイプSを操るのは明らかにカーウァイ大佐だった。
あの事故は不自然で、情報部でも様々な調査を行ったが地球にいないのでは当然だ。
地球で進化した亡霊たちと、エアロゲイターに改造された亡霊。
カーウァイ大佐は指導者だ。
実戦経験を積んだとはいえ根本が特殊戦技教導隊である俺たちは、奇襲に失敗し、斬艦刀を避けられ、あらゆる攻撃を防がれた。
だが俺たちが止める他ない。
操られながら俺たちの名を呼ぶカーウァイ大佐を救う方法は1つしかない。
ひとつだけカーウァイ大佐が知らないものがある。
俺たちの連携。
試作機のパイロット集団だった頃には出来ず、そもそも個人間のぶつかりあいばかりだった。
これは生き残った俺たちの確かな成長だ。
兵器を操るのは人だ。戦場で敵対し味方となった俺たちは声をかけずともわかる。
そして俺たちもカーウァイ大佐の動きを知っている。
回避、攻撃、防御、連携、追い詰める。
驚異だが隙が多い零式は囮――先読みと小回りの効く俺とゲシュペンストがコックピットを突いた。
最後に呼んだ名は、俺が帰りたかった地と同じだった。
俺はあの地へ帰りたかった。だが帰ることは出来ず、この世界からもいずれ旅立つことになる。

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エアロゲイターは異星からの侵略者だが、そこに異星人はいなかった。
侵略者に操られた者しかいない、空の揺り籠だった。

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情報部に戻った。
ひとまずの驚異を退け、本命に備える。
シャドウミラーは俺を知っていて、俺もシャドウミラーを知っている。
前提として、あの世界の俺は素顔を隠し偽名を名乗り、己を部品とする転移装置を造る狂気の男だった。
シャドウミラーは軍隊で、闘争をコントロールしようとしていた。
空間や次元を越えて現れる軍という、他の誰にも対処のしようがないものを目指していた。
この世界は様々な驚異に晒されており、明確にシステムXNによるものと断定出来るものは俺だけで、そもそも驚異とすら認識されていない。
人が1人増えただけで、異次元からの侵略以外でも当然起こることであり確認のしようがない。
シャドウミラーは勢力を増やしつつ俺を挑発し、お互いに影に潜みつつ出方を見る。
シャドウミラーの認識で俺に対して確かなものは、声と狂気。
Wシリーズには俺の音声データが記録されているはずだ。
そして俺は一部の機体データと指揮官しか知らない。
この世界の俺の力はゲシュペンスト。
この力で指揮官の機体に対峙する。

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世界に不穏な要素が増え続ける中で、明確な驚異がいた。
アーチボルド・グリムズ。
エルピス事件の主犯が生きていて、被害を最小限に抑えたエルザムを狙っている。
戦争屋同士は利用しあうため、アーチボルドを阻止することはシャドウミラーを阻止することに繋がる。
そして情報部の任務は幅広いが、根本的な目的は不確定要素や不穏因子を減らすことだ。
つまりテロリスト対策は明確な情報部の任務であり、俺はテロリストの手段を知り尽くしている。
復讐ではないが私怨だけはいくらでもある。アーチボルドの知るはずのないところで。
その上で経歴と人柄を調べたがとてもわかりやすかった。
自分の手を汚さず己の無力さを嘆きながら助けを求め死んでいく人々を遠くから眺め、ティータイムと洒落込む外道。
――――やり返されたらどう思うか、と口元が歪んだ。

ジェイコブ中将に上申した。
「リクセントで行われる平和式典にハガネとヒリュウの一部メンバーが招かれます。アーチボルド・グリムズはこれを破滅させます」
芝居ではなかった。
「俺はテロの被害者であり生存者です。何よりアーチボルドの暗躍を許すことは出来ません。現場指揮官への任命とゲシュペンストの使用許可を願います」

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面白半分で付けられた異名は皮肉にしかならなかったが、この瞬間は誇りだ。
漆黒の堕天使――あのエルピスでの俺はテロリストと戦っていた。
「コール・ゲシュペンスト!!」

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己の手を汚さずにアーチボルドの妨害を続ける中、カイ少佐に興味深い提案をされた。
俺と同じくゲシュペンストに拘りを持つカイ少佐は旧式扱いが気に入らず、新たな発展型のゲシュペンストを作りたい、と。
同感であり必要だ。今のゲシュペンストではシャドウミラーと戦えない。
その計画にハロウィン・プランと名付けた。
「ところでリクセントのことを聞いた。お前らしい暴れぶりだったようだな」
「情報部はテロリスト対策のエキスパートですから」
「よく言う。ゲシュペンストキックを見たか?」
「ええ。キョウスケが使っていましたね」
「あれは俺が考えたんだ。少しだけ茶目を入れて音声入力を求める表示に『叫べ』と入れたんだが、キョウスケは真面目だからな……仕方ないか」
――カイ少佐、キョウスケは真面目と言うより真剣です。
情報部の持つデータを提供すると、カイ少佐は喜んだ。

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今はレーツェルを名乗るエルザムとゼンガーに呼び出された。
RVが完成しシャドウミラーが表に出たが、だからこそ会わなくてはならない――二度と会えなくなる。
再会を祝し、亡き人を偲び、カイ少佐を思い、仲間に乾杯した。
相変わらずの食への拘りを見た所で、メインディッシュを聞かれた。
ささやかだったのは前菜、と。ささやかではないが。
お互いよく知った仲だ。パイロットとして情報収集をする俺がこの状況で出ず、ただRVを作りテロリスト対策ばかりしているのに違和感を覚えるのは必然でしかない。
シャドウミラーの名と追って追われる間柄であることを話した。
ゼンガーの写し身である斬艦刀を持つWシリーズを送り込んだ相手であることも。
そして彼らが道連れには出来ないなどという俺の後ろ向きな決意を放置するはずもない。
シャドウミラーは世界の敵だ。

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ゲシュペンストRVを駆る元特殊戦技教導隊かつ連邦軍情報部所属のギリアム・イェーガー少佐と、システムXNの開発者であり制御装置のヘリオス・オリンパスを一致させた。
逃げることは出来ないし逃げるつもりもない。
戦う。

***********

ダイゼンガーとアウセンザイター。
非常にゼンガーとレーツェルらしい機体だ。
こんなものをビアン博士が設計しており、ついに完成してしまった。
惜しい方をなくしたが、俺たちはまた強くなった。

***********

悪を断つ剣はメイガスの剣を断ちアーチボルドは自滅した。
俺も決着をつける。

***********

決着の形が見えた。
俺たちのいる封鎖空間からシステムXNで単身逃れようとするシャドウミラーの首魁。
忘れていたようだな。
システムXNの制御装置である俺がここにいることを。
これでいい。
この素晴らしい世界に俺は存在してはいけないし、まして道連れには出来ない。

***********

ひどく後ろ向きな決意は彼らを巻き込み異空間に飛ばした。
俺も忘れていた。
システムXNは俺の力の一部であり、本質ではないことを。
俺は亡霊だ。
そして今度こそシステムXNを正しく使う。
俺の見てきた全て。
彼らの強さ。
収束する未来に何よりも強い名を与えれば、実体化する。

『希望』

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ゲシュペンストRVでシステムXNと対峙していた。
迷ったことのない照準がぶれた。
トリガーが重い。
二度と帰ることが出来ないと知っていても、ありもしない希望を抱いてしまう。
俺はこの世界に存在すべきではないが、今は生きている。
ここが俺の生きる世界だ。

トリガーを引き、閃光が走った。
呟いた言葉は別れの意味だった。

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俺たちは戦い続ける。
特殊戦技教導隊の隊長であるカイ少佐の機体は量産型mk2改で、副官は元シャドウミラーのラミア。
ゼンガーとレーツェルもどこかでダイゼンガーとアウセンザイターと共にある。
ハガネ、ヒリュウ改、クロガネ、連邦軍。
俺たちは亡霊だが生きている。

 

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教導隊小説、ギリアムさんです。
教導隊としての彼ら、ということで一連の小説は軍人らしさと何より戦士らしさを全開にしています。
間に人間としてのやりとりがありますが軍を書くことがテーマなので省略。
原作と漫画とアニメのいいとこ取りです。八房先生ロマンわかりすぎですね。
ゼンガーは闘士なので非常に短かったです。
功労者はカイ少佐です。そして軍を離れているトロンベさんはこの小説では絶望ばかりですが、すぐに楽しんでいます。
テンペストは何だかんだで教導隊時代は楽しんでいたと思いますが、ジガンとタスクが盾となる礎となりました。
何気にジェイコブ中将がグッジョブです。多分007欲しかったのがあるとおもいますがw

テキストのコピーはできません。