ギリアム・イェーガー、南条担になる
またこのイベントがやってきた。
シンデレラガール総選挙。並み居るアイドルの中から最も輝く『シンデレラガール』をファン投票で選ぶイベントだ。
南条光もこのイベントのため、都内某所のCDショップの前で握手会を行っていた。
握手会といっても通行人に声をかけ宣材を配る、いつもの営業とは異なるアウェイな状況。
――負けるものか。根性と笑顔で街の人々を振り向かせてみせる。
――――でも、何のために――――?
「君はアイドルなのか」
少し考え事に気を逸らしている間に足を止めてくれた人がいたようだった。
パッと笑顔になり宣材を差し出す。
「ああ! 南条光だ! 輝くヒーローになるため活動をしている! な、なので、良かったら投票お願いします!」
「ヒーロー?……ああ、誰かの希望になるというのは確かにヒーローもアイドルも同じか」
黒いスーツに重そうな黒いロングコート。
黒づくめの青年と力強く握手をする。
――刹那。
「あ、あれ?」
街の喧騒が消えた――目の前の青年以外。
CDショップからも何も聞こえない。
風景は何も変わらないはずなのにどこか色褪せて見える。
「ああ、驚かせて済まない」
青年は屈んで光と目の高さを合わせる――右目は不自然に長い前髪に隠されていて見えなかったが。
「ちょっと君と話をしたかったから空間を弄ったんだ」
「なるほど、空間を……ってええっ!? 君は何者だ!?」
驚愕する光を前に黒づくめの青年は優しく微笑む。
「通りすがりのヒーロー志望さ、別に覚えておかなくていい。大丈夫、すぐ元の場所に帰すよ」
――嘘を言っているようには見えないし、人を無闇に疑うのは良くないことだ。
それにヒーロー志望という言葉が気になった。
「つまり、君はアタシの同志か?」
「アイドルではないがね。君の目標を聞きたいな」
「アタシは歌って踊ってトークをして皆を笑顔にしたい……そしていつかヒーロー番組の主題歌を歌うんだ!」
「そしてシンデレラガールとやらになればその夢に一歩近付ける、と。だが不思議だ。夢を語る君はこんなに輝いているのに先程は街角の雑踏にかき消されそうだった。乗り気じゃないのか?」
図星だった。
何だろう、この黒づくめの青年は。
空間を弄る――それ自体凄いことだが――だけでなく心まで読むのか?
「言っておくが俺は心を読むことは出来ないぞ」
「いや、当たってるじゃないか! しかも『は』って限定したのが凄く気になるぞ!」
「まあ俺の話はそこまで重要じゃない。俺は君の話が聞きたいんだ、南条光」
青年の左目を見つめる。真っ直ぐで、綺麗な目だった。
「……ヒーローに順位を付けるなんて出来ないと思うんだ。皆誰かのヒーローなんだ。皆を蹴落としてまでシンデレラガールになっても、アタシはそれに納得出来ない。プロデューサーさんもちひろさんも応援してくれてるし、ファンの皆の熱意が伝わるから総選挙ってイベントは嫌いじゃないんだが……」
プロデューサーにしか話したことのない本音――何故だろう、話してしまったのは。
「なるほどな。だが君の話を聞いて、俺は君に投票したくなった。皆笑顔や希望をアイドルに貰っている。その恩返しをするために投票をして、結果的に順位が決まる。君は胸を張って進めば……くっ」
青年が急に呻いた。
「だ、大丈夫か!?」
「……済まない、南条光。俺は追われている……隠れるために君とゆっくり話をしたいフリをした。だが連中はここまでやってきた。君を巻き込んでしまった」
「君は……いや、お兄さんは本当のヒーローなのか!?」
「さて、どうだろうな」
苦しそうに顔を歪める青年は腕に巻いた端末を光の腕に巻く。
「走れ。振り返るな。敵が来たら『コール・ゲシュペンスト』と叫べ。君の力になってくれる」
「お、お兄さんは……」
「行け、南条光!」
背中を押される。
いつの間にか街は霧に包まれていた。
背中を押されてよろけただけで青年の姿は見えなくなる。
――アタシは本物のヒーローじゃない。力のないただのアイドルだ。
弱音を振り払おうとするが忌々しいその想いは光を霧の向こうへと走らせる。
立ちはだかる影――怪物? 妖怪?――何でもいい。敵意があるのは確かだ。
光はポーズを決め叫ぶ。
「コール・ゲシュペンスト!!」
一瞬の閃光の後、光は己がパワードスーツを纏ったことを認識する。
「必殺! ゲシュペンストパンチ!」
拳は怪物を貫き霧に還す。
「究極っ! ゲシュペンストキィィィック!!」
その蹴りは数体まとめて。
――凄い。本物のヒーロースーツだ。
まるで以前からこの姿で戦っていたかのように戦いは順調で身体は軽い。
「! センサーもついてる……アタシが来た方向に熱源多数! 1つはヒーローのお兄さん、あとは……!!」
考える間もなく光はパワードスーツを纏ったまま来た道を引き返す。
――お兄さんが危ない。お兄さんはアタシを護るために力を託した。だから今のお兄さんは戦えない――!
しかしCDショップの前には青年の姿しかなく、霧の中に佇んでいる。
「リターン!」
マニュアルにも目を通し、装着を解除する時にはこう叫べばいいとあった。
「何故戻ってきた、南条光」
「お兄さんが危ないと思ったからだ! アタシに力を貸して戦えないはずだし、苦しそうだったから!」
「なるほど。君は本当に『ヒーロー』なんだな」
青年は笑う。嗤う。哄笑する。
「君はこうは思わなかったのかな? 俺は『悪』だと」
左目が爛々と輝いている。
「だ、だってヒーロー志望だって言ったじゃないか!」
「ああ、そうだ。だが俺はヒーローにはなれなかったよ。俺がなれたのは『悪の組織のボス』だけだった」
青年が銃を構えた。
「う、嘘だ!」
「嘘じゃない。全部本当のことだよ、南条光。それでは……アウフ・ヴィダーゼン」
銃声が響き、光の意識は途切れた。
「……あれ?」
気付くと光はCDショップの前で宣材を手にしていた。
霧はない。雑踏も、喧騒も、元のままだ。
「夢……だったのか?」
腕にも当然端末はない。
――夢とはいえヒーローが悪の組織のボスに殺されるなんて――
「でも、いい夢だったな」
何故かそう思えて、気合いを入れ直す。
「南条光だ! シンデレラガール総選挙、君の清き一票を是非アタシに!」
営業を終え事務所に戻り、神崎蘭子に訊ねる。
「ククッ……ゲシュペンスト……それは『幽霊』……光の英雄譚の紡ぎ手よ、我が闇に染まる時が来たか!(あなたと仲良くなれて嬉しい!)」
「ら、蘭子ちゃん……ちょっと聞きたかっただけなんだ。闇に染まる気はないぞ」
「ククッ、せいぜい抗うがいい……深淵はいつも貴様の傍に潜んでるぞ……(また話そうね!)」
――幽霊の名を冠したヒーロースーツ。
ただの夢のはずなのにあの力の印象はとても強烈で。
「ああ、光さん。探しましたよ。ファンの人からのプレゼントです! お手紙も!」
「ちひろさん! ありがとう!」
受け取ったのは抱き締めるのにちょうどいいくらいのくまのぬいぐるみ。
「その傀儡……貴様の力の一片を纏っているではないか!(ぬいぐるみがスカーフを巻いていて凄く可愛い!)」
「い、今の意味はわかったぞ。確かにこのスカーフは私の衣装と同じだ……手紙の中身は……」
『君がヒーローとして輝くのを宿敵として待っている――悪の組織のボスより』
「!!!!」
――夢じゃ、なかった。
「ああ、待っていろ……そして次は負けない!!」
ぬいぐるみを手にポーズを決める。
「プロデューサーさんに直訴だ! 特訓も営業もたっくさんこなして、真のアイドルヒーローになってみせる!!」
「少佐、『アイドル召喚事件』の調査を何で今更? アレ一時期多かったですけど今は収まってるじゃないですか」
「総選挙とやらで各地で営業をしているアイドルたちの周囲に微弱な次元反応がある。実際俺がとあるアイドルに接触した時未知の敵性体が現れた」
「わかった、そのアイドル南条光ちゃんでしょ? 俺はもっと大人のアイドルが好きですけど少佐そっちの趣味が……」
「それはない。だが何故わかった」
「何故って、そんだけ投票券手に入れて全部に『南条光』って書いてたら」
「俺が俺のポケットマネーをどう使おうと自由だろう」
「……無趣味な人ほどハマった時の反動が激しいんですよねー」
デレマス(というかデレステ)にハマりました。
南条光ちゃん可愛い! 特撮好きのヒーロー志望の笑顔が可愛い前向きガール!
スパロボコラボでコンパチブルカイザーに乗ってたらしいのでゲシュペンスト纏わせてもいいよね!と絡ませてみた次第です。
とことんクロスオーバー脳ですな、私。
ちなみに『アイドル召喚事件』はグラブルコラボの事件を指しています。