「お互い様」だから

ようやく、長い戦いが終わった。
機体が運び出され、静まりかえったヒリュウ改の格納庫。
ギリアムとヴィレッタの二人を除いては誰もいない。
話すことは色々あった。
この戦争のこと。イングラムのこと――これからのこと。

「それから……あなたにお礼を言わせて」
「礼?」
「そうよ……」
言葉の内容より、その響きに疑問を持って問う。
意外なほどに、優しかったから。
ヴィレッタがささやく。
「あなたは、私を信じてくれたから」

ヴィレッタの微笑がすぐそこにある。
どういうわけだか、そうしなければいけない気がして。
視線を少しだけ外した後、ギリアムも微笑する。
「……それはお互い様、さ」

ネビーイーム。地球側の呼称はAGX-06、ホワイトスター。
そこにイングラムに持ち去られたはずのR-GUNで現れたヴィレッタは、当然ながら疑いの眼で迎えられた。
彼女が問い詰められかけた、その時。
「わかった」
誰にも聞こえる明瞭な声。
「君を、信じよう」
ギリアムが発したのは二言。
それきりで黙り込んだ。
それで十分と言わんばかりの、有無を言わさぬ態度。
彼は仲間から強い信頼を寄せられている。こと、真実を見抜くことについては。
ヴィレッタは、信じられない。
しかし、彼の言葉なら、信じられた。
黙って、彼女を迎え入れた。

確かに、彼は疑念など抱いてはいなかった。
彼が抱くのは、確信。
ヴィレッタが、エアロゲイターと呼ばれる側の人間であるという。

ギリアムの真意は、ヴィレッタにはわからなかった。
わかっていたのは、彼が彼女の正体を見抜いているということ。
しかしその言葉、ヴィレッタを信じるという彼の言葉も偽りではないこと。
それだけわかっていれば、充分だった。
だから、ヴィレッタは笑った。
「感謝するわ、ギリアム・イェーガー少佐」
その微笑も言葉も、偽りではなかった。

「ああやって命を預けられてしまっては、な」
ギリアムは苦笑する。
ヴィレッタはあなたはそうされても敵だと思っていたら容赦しない人でしょう、と反論しそうになったが、直前で思い直した。
“どちらが先に相手を信用したのか?”
そんな事を論じてどうなるというのか。
おまけに相手が先に信用してくれたから、と譲りあって。
お互い己の甘さを認めるのが嫌なのだろうか、と真面目に考えたあと、ヴィレッタはそういった一連の行動と、そんな事を考えたことが、少し可笑しくなった。
ギリアムも同じようなことを考えていたのか、苦笑いが強くなった。

さて、とわざとらしい伸びをして話を変えた。
「疎かにしていたデスクワークを如何に片付けるか、だな」
「自業自得ね。少しは手伝えるけど、これからずっと多く増えるでしょうから……休みなし、ってところ?」
からかうような受け答え。
ヴィレッタはそのまま、残念なような嬉しいような複雑な心持ちで、これでしばらくお別れね、と呟いた。
理解者が近くにいてくれるというのは心強い。
心強いが、ヴィレッタにとっては少しやりにくい相手であるので、正直に言えば彼と離れていることに少しだけ安堵していた。

しかし神妙な面持ちのヴィレッタに対し、ギリアムはとぼけた顔を見せる。
彼女もつられてきょとんとした。
「現在の連邦軍本部は極東基地だから、情報部の本部もそこにあるのだが」

ヴィレッタが向かうつもりのSRXチームは元々極東基地の所属である。

要するに、と呆気に取られた、若干怒りも含んだ表情でヴィレッタが呟くと、間髪入れずにギリアムが続けた。
「部署は違えどとても近くにいるわけさ」
笑っている。口を手で抑えているが、眼を見れば明らかだ。

ギリアムは可笑しそうに言葉を続ける。
「知らなかったのかい?」
「…………忘れていただけよ」
事実上の敗北宣言。
悪気はないのはわかるのだが、ヴィレッタは腹が立ってきた。
どちらかと言えば、敗北した自分自身に対して。
そして彼がやりにくい相手であるのも色々理由があるが、
そういうものがなくても彼の性格自体がどうも扱いにくいものであるに違いない、と確信した。

ヴィレッタは逆襲の手を考えながら、浮かんだ疑問をふと口にした。
「それなら、いつでも私に仕事を頼めるってこと?」
「そうなるな」
「……私を情報部に誘う必要はあったのかしら?」

今度はギリアムが少し困り顔になる。
結論から言えば、彼女が言ったようにそのような必要はない。
そしてこの切り返しは彼の予想の範疇外。
彼は不測の事態というものに全くの不慣れだった。

それを見て少し気持ちを高揚させながら、追い討ちをかける。
「私が断ることがわからないあなたじゃないと思うのだけど」
「……勿論…………わかっていたさ。しかし、言わずにはいられなかったんだ」
「あなたの突撃趣味は知っているけど、ねぇ……」
ギリアムにとっては痛いところだ。
考えなしにその場の感情で動いてしまいがちなのは、彼がどうしても直せない悪癖。
しかしこの場合は彼の突撃癖とはあまり関係ないのではないか、と考える余裕は今の彼には、ない。

ヴィレッタは更に追い討ちをかけて、その言わずにいられなかった理由を問う。
真面目な顔をして、実際に真剣に少し時間をかけた後、ギリアムは答えた。

「…………君が魅力的だから……かな?」

ヴィレッタはため息をついて少佐、とたしなめるように言う。
演技で呆れ顔をしてみせたりしていたが、今回は本気だ。
「冗談は自分がどう見られているかと相手がどう受けとるかを考えて言ったほうが良いわよ?」
「……全く、だな」

冗談めかしてお手上げの仕草。
扱いにくいのもお互い様、というわけか。
しかしその方がいいと、ヴィレッタは思う。
簡単に何もかもわかるようでは、全く面白みがないではないか。

「ところで、少佐……私はあなたに協力するけど、あなたは私に協力してくれるのかしら?」
「ん? ああ……勿論。持ちつ持たれつ、だ。それで用件は?」
互いに一変して真面目な顔になる。
彼らは互いに、冗談ばかりやっているわけにもいかない。

「私がSRXチームの教官になれるよう、力添えを戴きたいんだけど」
「それを理由に勧誘を断ったのによくもまあぬけぬけと言えるものだな」
冗談めかして、というよりは呆れたように。
無論、本気で言っているわけではない。
ヴィレッタが言い出さなければ自分から申し出るつもりだったのだ。
「引き受けよう」
「ふふ、良かった。私一人でもできるんだけど……あなたの方が色々知っているでしょうから」

ギリアムはとぼけた顔をする。
『色々』とは即ち超法規的手段。
誰も聞いてはいないが、こういう時はそうするのが一種の礼儀。
……と、彼はそう思っている。

「そういえば私も頼みたいことがあったのだったな。戦後最初の、仕事だ」
頷いて続きをうながす。
「リュウセイの母親、ユキコ・ダテの解放。特脳研関係は君のほうが詳しいだろう?」
意外だ、とヴィレッタの眼が言っている。
彼女もそれをしなければならないと思っていたが、彼がそれを言い出すとは思わなかった。
彼はリュウセイと特別親しいというわけでもないのだから。 ギリアムは疑問の視線を外して苦笑する。
「家族は、大切なものだろう。母親が気になって身が入らんようでは仕方ないしな」
「断るわけにもいかないでしょう? 大事な仕事だもの、ね」
「そういうことだ」

「お世話になりました、レフィーナ艦長」
「こちらこそ、今までありがとうございました。お二人ともお元気で」
ブリッジに挨拶をし、外への道を辿っていく。
「……これでヒリュウともしばしの別れ、だな」
「しばしの、ね」
近いうちにまた戦争があるのだろう、と。
その時はまたこの天の龍と共に戦うのだろう、と。
予測して、しかしそれを嘆くでもなく。二人は同時に曖昧な、少しだけ自嘲するような笑みを浮かべた。

「それで、今日から仕事なの?」
「ああ。だが、仕事の前にもう一つ用がある」
「何でも言ってちょうだい」

ギリアムは何故か少しだけ躊躇する様子を見せてから、用件を言った。
「昼食を食べてからにしないか?」
「そうね、いい時間だし……それじゃあ少佐、また後で」

ギリアムはどこか弱々しく微笑する。
「…………でも、それも面倒だから一緒にしましょうか?」

先程のあれは、あながち冗談でもなかったのだろうか?
軽く頷いたギリアムの眼の輝きが変わっているのをみて、ヴィレッタはふとそんなことを考えたが、すぐに気のせいだ、と思い直した。
そして、そんな事を考えた自分が、また少し可笑しくなった。

 

初キリ番である111をよりにもよって自分で踏んでしまったので、
自分で自分にギリヴィレをリクエストしました(笑)
やはりギリヴィレ的にはリュウセイ編40話とEDは外せん!ってなわけでそのあたりの話。
ギリアムがヘタレ寄りになってるなぁ、と思いつつ。
ヴィレ姉が強すぎるんですけど。

 

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