ホワイトデーの突撃狂

「……やはりこれも失敗か! 忌々しい!!」
ギリアムは彼には珍しく、声を荒げていた。
珍妙なのは声の調子だけではない。
失敗をした、ということ。そして、エプロンをつけていること。
彼はため息をついて、テーブルに無造作に置かれた紙を摘み上げた。
紙にはクッキーの作り方、と書いてある。
彼はオフである今日3月13日に、半日近くずっとこれを見ながらクッキーを焼き続けていた。
エルザム直筆のレシピだけあって、料理については初心者マークのギリアムでも、それなりの物は作れるようになっている。
ただ、彼にとって不幸だったのは、本家のエルザムのクッキーの味を、彼がよく知っているということだった。
プロ級の腕前であるエルザムの味に初心者であるギリアムが敵うわけがない。
彼もそれはよく理解していた。
一朝一夕でどうにかなるものではないことも。
エルザムのレシピで作る限り、その模倣品にしかならないことも。
だが彼はそれ以上に美味しく作れるレシピを知らず、そして何より。

「自分でも納得出来ないものを、ヴィレッタに渡せるか!」

2月14日にプレゼントを貰ってしまった以上、慣習に従って、お返しをしないわけにはいかない。
彼自身既にその日にプレゼントをしているのだが、いつの時代も、女性の方が強いものだ。
新西暦の現代では、日本だろうとどこだろうと、男性は二回搾り取られるものなのである。
彼自身は搾り取られるという感覚はなく好きでやっているのだが、別なところで心を荒ませては、あまりその余裕にも意味はない。
「もう一回だ! 次は粉の量を変えて……」
3月14日まで、あと7時間。

ギリアムは、途方にくれていた。
明日のプレゼントはどうすればいいのか。
大量に買い込んだ材料の尽きるまで作り続けても、結局彼の納得がいくクッキーは作れなかった。
対抗心で作っても、どうにもならない。
大切なのは、味ではなくて心。
しかし、本人も中途半端だとわかっているものを渡して、心がこもっていると言えるのか。
実用品も用意しているとは言え、本来渡すはずのものを渡さないで、それでいいのか。
ギリアムはエプロンを脱ぎ捨てた。

「お出掛けですか、少佐?」
夜間外出をする彼を見て、見張りの兵士は何と思っただろうか。
そんな事を気にする余裕は、今のギリアムにはない。
思い立てば、即行動。
考え直すのには時間が必要。
少なくとも日付が変わるまでには、反省などしないに違いない。
ギリアムはクッキーの材料を買うべく、夜の街に飛び出していった。
3月14日まで、あと3時間。

訓練を終えたSRXチームの所に、ギリアムが現れた。
「一ヶ月前のお返しをさせてもらいにきた。貰ってくれるかな?」
無愛想な彼なりの笑顔。
アヤの満面の笑みに、ヴィレッタの微笑。
「そ、そんな、わざわざ……ありがとうございます!」
「抜け目がないわね。ふふ……ありがとう、少佐」
礼をいう二人と対照的に、慌て出したのがリュウセイ。
「! やっべ……今日ホワイトデーだっけ! ちゃんと用意していたのに、すっかり忘れてた!」
「あら、ライはちゃんとくれたわよ、リュウ?」
「だから、用意はしてあるんだって!」
すぐに持ってくるから、とリュウセイは慌てて部屋を飛び出していった。
ライとアヤは笑って、リュウセイの成長や今日の訓練について話し合っていた。
プレゼントを見つめるヴィレッタの肩をギリアムが叩き、手を出させた。
「……それとこれも、だ。アヤには内緒でな?」
小声で、囁くように。
手に乗った重み。
淡色の柔らかい紙の包み。
驚いてギリアムの顔を見ると、真剣な眼差し。
「…………差別や贔屓は良くないわよ、少佐」
軽く包みを玩んだが、それを返すようなことはしなかった。
「アヤや他の女性に渡すものも各人に合わせて考慮している。何一つ問題はないと認識しているが」
ギリアムの顔と包みを交互に見比べてから、ヴィレッタは包みをしまった。
「料理は、苦手でしょう?」
「……得意ではないな」
「得意ではないあなたなりに、納得の行く出来にはなった?」
「そうでなければ、渡さない」
ギリアムは笑みを強くした。
友好的というよりは、挑戦的な微笑だった。
「最高の味とは言えないさ。残念なことにな。だが、俺にしか出せない味の……俺が作れる内では、間違いなく、最高のものだ」
小声ではあったが、自信に満ちた声。
今の彼に近い彼の表情を、ヴィレッタは知っていた。
――戦闘時の彼、そのままだ。
ヴィレッタが、最も多く見続けてきた、彼の表情。
「ありがとう、少佐」
そしてヴィレッタが最も好きな、彼の表情。
ヴィレッタも、至上の笑みで返した。

「それと、一人称が飛んでいるわよ」

付け加えた言葉に、ギリアムは初めて照れを見せた。
「……いかんな、これは」
顔を背けて、そのままSRXチームの戦闘データを注視した。
リュウセイが戻ってきて、キャンディのセットをアヤに渡した後、ヴィレッタにも渡しに来る。
幸いにして、二人の会話はアヤとライには聞こえていなかったらしい。
聞こえたらまずいから、小声だったのだが。
「これで俺が忘れてたわけじゃないってわかっただろ!」
「ええ、わかったわよ、リュウ」
「全く……そこまで意地になる必要もないだろうに」
ヴィレッタの言葉は二つの指向性を持っていた。
ギリアムがそれに気付いていたかは、ヴィレッタにはわからなかったが。
そして彼女は付け加えた。
「そうだ、自室に帰るならその前に休憩室にでも行くといい……新しいクッキーが大量に追加されているはずだからな」
書類を捲るギリアムの手が止まった。
俺の予測より的中率が高いんじゃないか、と彼は呟いた。

 

「3月14日」というわけで、ギリアムさんのお菓子作り奮闘記。
別人28号なくらいにラブラブしてます。うふふ(をい
一人称が飛んでいるの、OG1の時には重要なつもりだったけど、
2から「俺」が標準になって馴染んだって証拠だけどちょっと寂しい。

 

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