■沈黙の空
北風がビルの間を駆け抜け、サムスの髪を揺らす。
宇宙港から見た空は青く晴れ、空に浮かぶサーキットもはっきりと見える。
直通ワープは彼にしか使用権限が与えられておらず、宇宙港経由で行かなければならないのだが、それはいいことだと思えた。
どうやって行くか、という楽しみが増えるから。
今日は歩いていこうと思った。
眠らない街とも呼ばれるほど騒がしい所だったが、嫌いではなかった。
ショーウィンドウを横目で見ると、この世界に集まった文化の一端を垣間見ることが出来る。
季節柄贈答品が多いのだが、それも今日まで。
日々変わっていくものだ。
街も、人も、世界も。
流行りの歌と風の中手提げを揺らし、ゆっくりと、しかし確かに歩んでいく。
「ストレートなネーミングが多い割にその中心地が“無音”なんてアイロニーもいいところね」
「かつてはニューヨーク。だが、その急速な発展に誰が呼んだかミュータントシティ……そしてミュートシティ」
知り合ったばかりの頃。
何気ない言葉への何気ない返事。
下層に来たが空は変わらず青かった。
レース場の影が見えないことと文字が流れることだけが異なっている。
そして建造物の雰囲気が変わり、喧騒も収まってくる。
路地裏にあるファルコンハウスの戸を開くと、マスターの微笑が彼女を迎えた。
「いらっしゃい、サムスさん」
「こんにちは、バート」
彼の名を呼ぶと、安心出来る。
どちらでも、それぞれの名前で。
「だが1つ1つの音は喧騒にかき消されてしまうから、そのものの単語でもやはりストレートだな」
「バレンタインだから来店者サービスがあるのよね?」
「かーっ、目敏いな、賞金稼ぎって奴は」
「いいじゃないかジャック。俺たちもどうせそれ目当てだ」
「モテないから来てるみたいな言い方すんな! 義理チョコ貰ってもちっとも嬉かねえ!」
「あ、ジャックさん、そういうこと言うなら私の義理チョコも返して貰いますよ」
「だから義理を強調すんなルーシー!!」
更にクランクが貰えるだけありがたいと思えと追い討ちをかけ、ジャックは歯軋りせざるを得なかった。
渡された箱と入れ替えにサムスも箱を取り出す。
「まあ貰ってばかりも何だから、ちゃんと持ってきたわよ」
「サムスさんからかぁ。嬉しいですね。役得役得。こういうイベントを用意してくれた先人たちに感謝しなければ」
頷きながら受け取りしまいこむ。
「バートのおっちゃんってば張り切っちゃってさ、朝早くからずっとこの調子でチョコ溶かしてたんだ。絶対赤字だよ。だいたい普段からもうちょっとやる気出せばいいのに」
「私はいつもやる気全開だけどね」
「店にいる時は、だろ。それに経理関係については全くだし。オレが来る前どうにか出来ていたのが不思議だよ」
「世の中意外とどうにかなっちゃうものだよ」
「どうにかする手段によると思うけれど」
サムスに釘を刺され、バートはとぼけた表情をする。
色々と事情はあるのだろうとは察しているが、それだけではないだろうとも思っている。
そしてちょうどその話題になった。
「そういやキャプテン・ファルコンって普段どうなんだ? やっぱ今日はチョコとか貰ってるのか?」
「普段……まあ、掴み所がないって感じね。ファンは多いからチョコも当然、って所じゃない? 今日は屋敷では姿を見ていないけど」
「ふふ、そりゃあもう沢山でしょうね。私も郵送で贈りましたから」
「…………一言忘れていたわ。かなり、というか凄く変わっている」
「おやおや、それはそれは。やはり謎は謎のままがいいんですかね」
休憩時間が終わる高機動小隊に別れを告げ、コーヒーを飲んで、他愛のない会話をする。
――――あなたに、この想いは届いているだろうか。
変わり行く世界の中で変わり深まっていった、声にならないこの想いが。
「少し外の空気を吸ってきますね」
サムスが帰ってしばらくして、客足も途絶えたようなのを見ると、バートはそう伝えた。
「そのままバックレるなよ、おっちゃん」
「これは手厳しい。でも今日はバレンタイン……誕生日とクリスマスの次に、何の遠慮もなくプレゼントが出来る日。そんなことをすると思うかい?」
「ホントそういうの好きだよな、おっちゃんは」
「クリスマスはF-ZEROの観戦もあるから、バレンタインはお店にとっても凄く大切な事だよ」
勝手口を出てエプロンに隠したキャンディボックスを取り出して中身を検める。
青い鳥がついたチョーカーと、少し焦げたチョコクッキー。
「……かわいいな」
ネクタイを緩めチョーカーを掛け再びそれを隠す。
「やっぱり店では他と同じ、か」
わかってはいたが少し溜め息をつき、包装を解く。
Dear Samus,で始まり、バレンタインを祝い、署名のないメッセージカード。
「…………馬鹿。どっちの名前で書くか困るくらいならやらなければいいのに」
手作りチョコに、細い華奢な茎に漏斗状の紅い花が多数ついた切花が7輪。
何の花かはその時のサムスにはわからなかったが、絶対自分からは聞いてやらない、と心に決めた。
空を見上げながら、お菓子を齧る。
バレンタインからだいぶ遅れましたがファルサムなバレンタイン。
青い鳥は両方の象徴。私的にはむしろサムスの方が強め。
彼が渡した花はイキシア。花言葉は「秘めた恋」「誇り高い」「団結」