■大好きだから、大嫌い

「私……もうファルコンハウスには行かないことにしたわ」
「ど、どういうことだ!? 何か問題でも!?」
滅多に動揺しない――少なくともそれを表には出さない彼がかなり狼狽していた。
それも無理のない話ではあるが。
「そんなことはないわ。相変わらず美味しいし、皆ともうまく行っている……バートとしてのあなたも魅力的。でも、私の個人的な理由でね」
サムスはそれ以上何も言わず立ち去った。哀しげな表情だった。
そしてそれを追えず、見送るだけの彼。

――――目の前が真っ暗になる、というのはこういうことを言うのだな。
動揺のあまり他人事のように思ってしまった。
彼女と別れ部屋のベッドで寝転んでも思考が形にならない。
ただ、彼女が辛い思いをしているのはわかる――だが理由がわからずどうにもできない。

そして、不幸というものは隊列を組んでやってくるものだ。

 

クランクは高機動小隊の一員でもあるから、F-ZEROの観戦は自由に出来る。
乱闘もF-ZEROとの共同開催なら見にいけるし、たまに自分でもチケットを取っている。
だが自分の小遣いから出しているし、頑張っているのだしたまにはご褒美でもと思ったのだ。
戦士は希望すれば譲渡も可能な特別席を取れるが、それを渡すわけにはいかない。
だから競争率の高い一般用のチケットを、苦労してようやく手に入れて。

しかし次の瞬間、彼は凍りついた。

「バートのおっちゃんも一緒だよな? 自由席だし」
観戦なんて、大抵は嘘だ。
彼は、魅せる方の立場なのだから。
確かに純粋に観戦に行く時もあるが、その乱闘はそうではない。
「それはまた別の機会に、ね?」
「何でだよ。自分の分のチケットも取ってあるんだろ……俺と一緒に行くの嫌なのかよ」
そんな訳がない。むしろ憧れる光景である。
「そんなことはないが色々と事情が……」
「……オレ、一度もおっちゃんと一緒に見に行ったことない。スマブラも……F-ZEROでさえも。ダメなのかよ」
よく舌が回る彼であるが、この時はどう言い訳をしていいかわからなかった。
――――もっと粘って、自分が出場せず2人分のチケットが取れるものを探すべきだった。
「……何で黙ってるんだよ、おっちゃんの馬鹿野郎! もう知るもんか!」

 

古いアルバムを取り出した。
巧妙に隠してあって、彼以外にはまず見つけられない――そして普段は敢えて見返さないアルバムを。
その中の一枚の写真。
ロバート・スチュワート、ロイ・ヒューズ、そしてアンディ・サマー。

「所帯を持つのはいいぞ。お前ならいい夫、いい父親になれるさ」
「いやいや、自由人も悪くないものだよ。ただ、方針は決めておいた方がいい。もっとも、愛しの妹君が独立しなければそんなことは考えられないかな」

これが3人で写した、最後の写真。
「中途半端だな、私は…………」

アンディとしてもバートとしてもファルコンとしても。
そしていい家族にもなれず――――恋人である女性にも辛い思いをさせる。

 

「オレ、しばらくここに泊まるよ。仮眠室あるしいいよね?」
クランクは高機動小隊の本部に来るなりそう宣言した。
「ちょっとクランク、ファルコンハウスは!? もしかして家出してきたの?」
「へっ、どうせマスターにこっぴどく叱られたんだろ。これだからおこちゃまは」
「……バートのおっちゃんはそんなことしないよ……家出したのは事実だけど」
そっぽを向きながらそう答える。
「家出、良くない」
「そうじゃそうじゃ。悪いことをしたら謝ることも大事じゃぞ」
「オレは悪くない! そりゃあ、ちょっと言い過ぎたかもしれないけど……悪いのはおっちゃんだ!」
ジョディが屈んでクランクと眼を合わせる。
「喧嘩することもあるわよね、わかるわ。だから帰れとは言わない。でも落ち着いたらちゃんと話をすること。話せばきっとわかると思うから……そして隊員であるとは言えまだ11歳の君をここに泊める訳にはいかないの」
「ふむ、事情はわからないし聞かないが……とりあえずリュウの所に泊めるというのはどうかな、2人とも」
「俺? まあ広さは余裕あるからいいよ。マスターと仲直りしたくなったら取り持つしさ。でも食事は自分でどうにかしろよ。俺はファルコンハウスで食べるし財布の余裕はないから」
「……ありがとう」

その夜リュウはクランクと枕を並べ、事のあらましを聞いた。
「気持ちはわかるけどさ、やっぱ言うとおりマスターにも事情があると思うんだよな」
「事情って何だよ。サムスとデートならわかるさ。邪魔なんてするもんか。でもこれ、ファルコンもだけどサムスも出るんだ。だいたいサムスが来る前からオレはいたのに、その時からそうだ」
リュウには何も言えなかった。
個人的な事情なんてそうそう思いつくものではない。
元々詮索は好きではないリュウにとっては特に。
「一緒に見に行きたいってだけなんだよ。中継一緒に見ると凄く楽しいからさ、生ならもっと楽しいはずだろ?」
「だろうな。それがマスターなら余計にな」
クランクは顔をそむけ、いつの間にか涙目になっていた。
「なのにバートのおっちゃんはさ…………オレ、ただの強引に転がりこんできた居候なのかな。そりゃ血は繋がってないけど、家族だって思っていたのに。親父とおっちゃんは全然違うけどさ、時々親父みたいだって……」
「馬鹿野郎! そんなこと言うんじゃねぇ!!」
リュウは思わず声を張り上げた。
クランクもだが、本人も目を丸くしてしまった。
「あー、悪い……でも、それは絶対違うだろ。マスターだってクランクを家族だって思ってる。そんなこと、お前が一番わかってるはずだ」
クランクは黙っていた。

――――わかって、いるんだよ。
こんなこと言いたくない。本当はそんなこと思っていないから。
疑いたくなんてない。そんなことあるはずがないから。
だけど。
本当に、一緒に観戦したかっただけ。
2人並んで、ジュースを手に、白熱した展開に一緒に一喜一憂する。
たったそれだけの光景に憧れるのは、悪いことなのか?

クランクの眼からは涙が溢れていた。
「……宿泊期限はないけどさ、ちゃんと仲直りしろよ? マスター、凄く落ち込んでたから」
「…………そのうちね」
クランクはしばらくして泣き疲れたのか寝てしまった――が、その寝相の悪さのせいで、リュウはなかなか寝付けなかった。

 

「ねえねえ、ファルコンと何かあったの? あなたが最近お店に来てないってリュウが言ってたから。忙しいって言っておいたけど……言われてみればファルコンもちょっと変だし」
こういうことを直球で聞けるのがデイジーの良い所であり悪い所でもある。
サムスはそんな彼女を愛すべき人物だと思っているが――正直、疲れる相手でもある。
「別に喧嘩したとか嫌いになったとかじゃないわよ。実際グランプリには応援に行っているし、一緒に出かけたりもしている」

――ただ、店に行かなくなっただけ。
それで彼がかなり傷ついているのは理解している。
そのせいか様子がおかしいのもわかっている。
一見平静を装っているが、グランプリでも乱闘でも普段の会話でも、従来の余裕がない。
というより、明らかに無理をしている。

「なら何で? 暇があったらお店に行っていたのに」
「……私は結局彼をファルコンとしてしか見ていないの」
サムスはそう言うとデイジーを置いて立ち去った。
「彼がファルコンなのは事実じゃない……訳わからないわよ」

 

「……ということなんだけど、どう思う?」
「彼をバートさんとして見ることができない、ということではないですか?」
「ああ、そういうことなのね。流石ゼルダ。かなり極端だもんね、彼。面白いけど」
「それが原因というわけではないと思いますが……確かに気になる所ではありますわね。恋人であるのなら尚更。しかし現にファルコンは傷ついていますし、あのお店は美味しいのに勿体無いですわ」
デイジーの話から、プリンセスたちのティータイムは作戦会議と化した。
「喧嘩をした、というのなら簡単な話でありますけれども」
「ファルコンとサムスが喧嘩しているのなんていつものことだものね。しかも大した理由じゃないからすぐ仲直り」
「姫様たち、何のお話してるんですかー?」
アイスクライマーの2人がやってきた。
子供ではあるが、それだけに違った視点を持っている。
いい考えが浮かぶかもしれない。
「サムスがファルコンハウスに行きにくくなっているのです。でも別に喧嘩をしたわけではないのですよ」
「何かフクザツだな……オトナの話ってヤツ?」
「でも、ただ行きにくいだけならキッカケがあればいいんじゃない? そうだ、ファルコンハウスでパーティーとか!」
「ナナってアタマ悪いなー。隼のおじさんだけいなかったらスッゲー不自然じゃん。いつもは素顔で行ってるからわからないんだって言い訳してるけどさ」
「あ、そっかー。でもポポにバカって言われたくないわよ。そういうポポは何か思いつくワケ?」
「……おいらそういう話は苦手だからさ」
「バカポポ」
「バカって言うなよバカナナ!」
話をそっちのけにして喧嘩をはじめる2人。
内側でどれだけ情熱を燃やそうと外面は静かなお茶会であったのに、急に騒がしくなってしまった。
「騒々しいぞ。ワガハイの優雅な昼時を邪魔した罪は重い」
「んー、クッパはお呼びじゃないかな」
「申し訳ないですがあまり力を借りられないと思いますわ」
「何!? どういう意味だ!? ワガハイに秘密など許さぬぞ!」
「あー、うるせぇんだよさっきから! おちおち昼寝もできやしねぇ!」
「寝たければプリンに歌ってもらえば?」
「あ、あいつは関係ねぇだろ! ……で、何の騒ぎだ」

 

そんなことを知る由もなく、彼はもう1つの問題の方に取り掛かっていた。
「すみません、リュウさん。長引いちゃって」
「いいって。マスターにはいつも世話になってるからさ」
ドラゴンゴーストに乗って、リュウの家まで行く。何度目かわからない。
クランクは布団を被ったまま顔を見せない。
「クランク、帰ろう。リュウさんにこれ以上迷惑かけちゃいけない」
「やだね」
「乱闘のチケットも探しているから、一緒に見に行こう」
「今度のがいいんだよ、オレは」
「あまり聞き分けのないことを言うものじゃないよ」
「おっちゃんだってそうだろ」
そう言われると何も言い返せなくなる。
クランクに対する負い目から、余計に。
「……帰ってきたらアレのカレー作るから。それではリュウさん、非常に申し訳ないのですが……」
「気にするなって。送ってくよ」
「いいですよ、歩いて帰りますから…………傍にいてあげてください」
いつものように微笑んだ。
「…………強情だよな。お前も、マスターも」
「そういう性格なんだから仕方ねぇだろ……リュウ、知ってるか。オレはこんな風だけど、おっちゃんの前では大人しくしている。転がり込んだ時、無茶言い過ぎたし」
「知ってるよ。お前は悪ガキだけど根は悪くないって」
「…………けどあれくらいのワガママ、いいかなって思った。だけど……」
「そりゃあ拗れるよな。けど正直見てられないしお前寝相悪すぎ」
「……わりぃ。でも、どういう顔して仲直りしろってんだよ……」

――――全く、素直じゃない。勿論、2人ともだ。

「……そういえばさ、お前は知らないだろうけど、サムスが最近店に来ないんだよな」
「サムスが……?」
「忙しいだけってデイジーは言ってたけど、もし何かあったんだったら…………コーヒーは相変わらずうまいんだけど、さ」
「……………………」

 

翌日スマブラ屋敷を訪れたファルコンは、廊下でいきなりマルスとロイに挑まれた。
「キャプテンのこと、変わってるけどいい人だって思ってました……けど違った! 最低だ!」
「全くです。貴方は尊敬すべき人でしたが、あの話を聞いては軽蔑せざるを得ません」
「……話が見えんのだが」
「サムスさんを泣かせていると聞きました。女性に、特に恋人である人に酷いことをする人を僕は許さない……!」
「そうですよ。あんないい人なのに何が不満なんですか!」
理由はわかった。
何かと鋭いメンバーの集まる中で噂にならない方がおかしいというもの。
「…………しかし君たちはいったいどういう話を聞いたんだ?」
「え? そのまんまですけど。キャプテンのせいでサムスさんが泣いてるって」
「……確かにただの伝聞です。いきなり挑みかかったのは軽率でした……ですが、その反応を見るに全く根拠がない話というわけでもなさそうですが?」
ファルコンは正直に話した――話さざるを得なかった。
サムスが突然店に行きたくないと言い出したこと。
それ以外の関係は非常に良好であること。
そして、彼女がそう言い出した理由はわからないこと。
「わからないって何ですか。恋人同士でしょう!?」
「言わないなら言わないなりの事情がある。踏み込まれたくない、な。故に彼女から話すのでない限り詮索はしないし彼女もそうしている」
「正論、ではありますね。だけど……」
「正直わかりたくないですよ。それだけじゃ駄目なことがあると思います。僕が子供だから、そしてキャプテンは大人だから、そう思うのかも知れませんけど」
「……いや……君たちの方がきっと正しい。おかげで目が覚めた。彼女と話してくる」

 

ファルコンがサムスの部屋の扉を叩く。
彼女が迎え入れる――少々機嫌の悪そうな顔で。
「……噂になっているみたいね」
「ありがちだが色々な形でな……理由、聞かせてくれないか」
「聞いてもいいのか、じゃないのね」
「ああ、若者たちに説得されてな……正直に言おう。辛く思っている……君も、だと思うが」
並んで腰掛ける。少し間を空けて。
しばらく間をおいた後、呟くように彼女は言った。
「……………………私とは世界が違うんだな、って思ったから」
「な……!?」
「誤解しないで。あなたが、じゃないわ。あの店が、よ。クランクが、リュウが……羨ましいの」
「……知らないことが、ではないな」
「ええ、そうよ。それに彼らもいずれ知ることになる……避けられるものではないわ。そしてきっと彼らなら受け入れるでしょうね。でも、それでも違うのよ……」
サムスは顔を背けた。
「あなたがファルコンでありバートでありア……ごめんなさい。とにかくあなたがあなたであるからこそ私は好きになった」
「ああ、知っている」
「ありのままのあなたを愛している……そのはずなのよ。でも、どこかあの店を冷めた目で見ている私がいる……」


ファルコンは無言でサムスを背後から抱きしめた。
サムスがその腕をとった。
――――この人はいつも大きくて温かい。

「…………この空間を守るためにどれだけその身心を削っているんだろう、って。そこまでしているのにどれだけ儚いんだろう、って」
「心配してくれているんだな」
「……壊れてしまうくらいなら、むしろなかった方が……なければいいとさえ思ったことがある」
涙が溢れるのを、止めようとしても止められない。
「コーヒーを飲んでいても戦場でのあなたをつい重ねるのよ。そんなこと皆は思わない……嫌いになっていくのよ、そんな私が!」
「……すまない。気付かなくて。その涙を止めることができなくて」
「何であなたが謝るのよ……あなたのそういう所、大好きだけど大嫌い」
「そう言ってくれると助かる。そしてそう思うなら店に来なくてもいい……それで君の事を嫌いになったりはしない。むしろそれを聞いて安心したし、より愛おしくなった」
「…………こんな私のことを?」
「ああ。私のことを深く愛して心配してくれているということだろう? そして私のコーヒーが飲みたければ……」
「……それ以上は言わないで。その拘りを捨てたらいけないわ。バートのコーヒーが好きだから……それに、言ったら吹っ切れちゃった。また行かせて。皆にも会いたいし、やっぱり大好きなの。ファルコンハウスって空間が」
振り返り、涙を払って微笑んだ。
ファルコンの胸が高鳴る。
――――いい加減に慣れろ。彼女の心からの微笑が素敵なのはいつものことだ。

「ところで……私ばっかりに言わせるのはズルいわよね?」
「……何のことだ?」
「またそう言う…………私のことだけじゃないでしょう、あなたの問題」
ファルコンは黙り込んでしまった。
「図星、ね。余裕がないってのを通り越して無理しすぎだったから他に何かあるのかなって……お客さん来なくなっちゃうわよ。あなたのことだから営業スマイルとコーヒーだけは完璧にするでしょうけど」
「無理をして笑っているつもりはないが……問題があるのは事実だ」
ファルコンは話した。今クランクとの間に抱えている問題のことを。

――――儚い空間。誰よりもあの店が好きで、それだけに自己嫌悪して、冷めてしまう瞬間もあるだろう人――――

「…………他の皆に話してもいい? あなたの瀬戸際……そして私の手には負えない。でも若者に説得されたって言っていたわよね…………彼らとならきっと」
「策があるのか?」
「保障は出来ないから言わないでおくわ……でもきっと、吉報を届けてみせる」

 

「許可できんな。規律を曲げることは許されない」
「そんなことしたら客いなくなっちゃうよ」
クレイジーハンドが振り払い追い出す動作をとった。
しかし彼らは怯まない。
「ボクたちの生活を保障することもキミたちの仕事だろう?」
「じゃないと戦えなくなるから、だけどさ」
「その通りだ。だからこそ我々は君たちの希望を聞き、日程を組み、それ以外にも便宜を図っている」
「アイツが無理しすぎなの。どうせいつかはバレるんだしいいんじゃない? それに予定内容の変更なんてやったらそれこそバレバレじゃん」
「今このような形で、というのはお前たちにとっても決して望ましいことではないはずだ」
「それに知ってるぜ? 予定変えなくっても出来るってな」
「普段は大変ですけどねぇ」
「……私の管轄外だな」
「ああ、あのことね……そりゃあ僕が少し細工しているさ。でも手助けしてやってるだけだよ」
「でも出来ないワケがないでちゅ!」
「疲れるし嫌だよ。どうするよ相棒。こいつらこのままだといつまでも居座りそうだよ。ハッキリ言ってウザいんだけど」
「私に判断を求めるな。混乱に対する許可など下せん。見逃すだけだ……だが、1つ聞く。何故そこまでする。他人ではないか」
「他人じゃなくて仲間です」
「有り体な表現だな。それにそんな言葉は俺は好かんが、まあ奴はなかなか好ましいのでな」
「あの人がああいう風だと調子狂っちゃうから」
「彼が彼であるために……やらないというなら、私たち皆があなたたちの敵になる!」

それぞれが戦闘態勢をとる。
真剣な眼差しで。

「…………クレイジーハンド」
「あーあ、マジ? ホントお前らウザいよ。あと言っておくけど、二度目はないよ。面倒だし相棒も今度は絶対見逃さないから」

 

「バートのおっちゃん、本当に事情ってのはいいのかよ」
「ああ……キャンセルされてしまったからね」
「フラれたってことか。そういや最近サムスが店にこないっていうのは本当か?」
「サムスさんは忙しい人だからね。明日来るって連絡があったよ」
「へへ、本命からフラれなくってよかったな」
「君からもね……本当に悪かった」
「いいって。こうして一緒に来れたんだし……オレの方こそ意地になっちゃってゴメン」
そう言いつつ彼はとても不安だった。
チケットを渡され、クランクと一緒に見て来いと言われた。
しかし乱闘の内容に変更はない。
つまり、キャプテン・ファルコンが出場することになっている。
それについては何の説明もされず、笑いながら安心しろと言っていた。
「ジュースよし、お菓子よし、席よし、オレよし、おっちゃんよし……っと」
クランクがとても嬉しそうなのはいいが、この状況でどう安心しろというのだ。
開始時間が刻一刻と迫る。

そしてその瞬間、目を見張った。

「ブラッドホークだ……!」

本来は戦士しか上れないはずの舞台に、その出場を蹴落として現れる乱入者。
乱闘ファンの間ではイレギュラーとして人気がある。
無論、戦士と蹴落とされた者目当てのファンにとってはたまったものではないが。
屋敷にも現れ、その度に騒ぎになる。
ダークリンクに――今現れたブラッド・ファルコン。
「しかもよりによってキャプテン・ファルコンの枠だよ!」
これがイレギュラーなどではないことを知っているのは観客席では彼1人だった。

――――ありがとう。

「やれやれ……クランクと見にいけてついているかと思ったのにな」
「残念だな」
「そう思っているようには見えないけどね」
「バートのおっちゃんこそ。あ、始まるぜ! 偽者なんてぶっ飛ばせ!!」
笑いながら、少しだけブラッドに同情した。
普段ならともかく、このタイミングでの乱入は、その意識への介入が行われたということだから。
無論気付くはずもないし、彼自身、いや誰もが何かしらの意識操作がされているのだろうとは予測がつく。
――――だがその結果だったとしても、今この想いがあることに偽りはない。
「大好きだよ」
隣のクランクと舞台の、そして今この場にいなくとも、掛け替えのない皆に向けて。
「……? 何か言ったか、おっちゃん。つかオレじゃなくて乱闘を見ようぜ」
「ああ。いい場面を見逃しては大変だ……でもクランクがこうして隣にいるのが嬉しくてね」
「そういうことだけ本気で言うんだからな……」
少し赤くなった顔を舞台の方に向ける。
「ふふ……あ、流石ドンキーさん。凄いパワーです。でも……」
「へへっ………………オレも、大好きだから」

 

「どうだった? 久しぶりのファルコンハウス」
「ふふ、やっぱりいいわね。奢って貰っちゃった。頼んでもいないものまで……サービスするから皆も来て欲しいって」
「たべほーだい?」
「……あなたは出入り禁止」
「嬉しいのはわかるけど、お金大丈夫なのかな?」
「大丈夫。彼、裏で無駄に稼いでいるから。締め付け役のクランクも当事者だけに、ね」
「ところでそれおみやげ?」
「ええ。彼らに渡しておいてくれって。あとカービィとヨッシーにも。はい、どうぞ」

 

「彼からのお礼。今回の配慮に感謝する、って」
「礼には及ばぬ。使命を果たしただけだ」
「働いたのは僕だけどね。それにそういうの、直接持ってくるもんじゃない?」
「ああいう人だから。私からも言わせてもらうわ、ありがとう……そして強引な手を使ってごめんなさい」
サムスが立ち去った。
「謝るくらいなら最初からやらないでよね。それに僕たち味覚ないんだけど。うまいらしいけどさ」
「エネルギー補給にはなる」
「まあね」

 

 

ファルサム&クランク話。
メイン3人に限らずそれぞれの個性と、男女・家族・戦友、とにかく好きな人同士の絆と、それ故に色々あったりなんかを書いてみたかったり。
うちの設定だと絶対こういうこと起きると思うし!

 

テキストのコピーはできません。