◆こごえるせかいの大乱闘
ジムリーダー、四天王、チャンピオン、そしてフロンティアブレーン。
ポケモントレーナーの中でも特別な格を持つ称号だが、彼らとて施設を離れればその人なりの生活がある。
トレーナー以外の職業、趣味、そして家族。
「よぉ、ジュン。お帰り!」
「ダディ、もう帰ってきていたのか!」
タワータイクーン・クロツグ。フタバタウン出身。妻一人子一人。
やんちゃなせいかく。すこしおちょうしもの。
「珍しいよな、休みにオレを呼び出すなんて」
クロツグの息子、ジュン。
せっかちなせいかく。おっちょこちょい。
「たまには親子水入らず、ってね。お前がなかなか帰らないってママ泣いてたぞー」
「人のことが言えるのかよ」
「ダディは休みはだいたい帰ってるし。さっきもママをハグした所」
「聞いてねーし。何だってんだよ」
憎まれ口の大本の表情は、笑顔。
トレーナーとしても人間としても尊敬している父親。
普段はフロンティアブレーンと挑戦者としてしか会えないが、クロツグの言うように親子として話したいこともあるのだ。
「ま、わざわざ呼び出したのは渡したいものがあるからなんだよな」
コートの内側から封筒を取り出してちらつかせる。
「スマブラ、好きだよな?」
「も、もしかして!」
封筒を奪い取り、早々に開封しようとする。
「テンガンざん・やりのはしら、S席! 凄いだろー!」
「ダディ最高! って、あれ?」
封筒から出てきたのは。
「何で2枚……?」
年齢に似合わぬ子供じみた笑顔でクロツグは答える。
「ヒカリちゃんと見に行ってこい!」
「何だってんだよー!!!!!」
ジュンの口癖の中でもベスト3に入る発声・気迫・感情であった。
「オレとあいつ、そんなんじゃねーし!」
「んー、友達だろ? 親友だろ? 一緒にスマブラ行くのが何か変かな?」
「そ、それは……」
「ダディ折角頑張ってチケット取ったのに何だかなー」
「えーとえーと」
真赤になって手を振る。何を考えているかクロツグには“おみとおし”だが、ジュン自身には全く整理がついていない。
「ジュンが渡さないならダディがヒカリちゃんと行こうかなー」
「そこはおふくろと行けよクソオヤジ! 何だってんだよ!」
「そんなこと言っていいのかな?」
「うっ……」
しばし沈黙。
シンオウ地方に似合わぬ汗だくのジュンと、涼しい顔のクロツグ。
沈黙を破ったのはクロツグの口癖だった。
「何だかなー」
「ダディ大好き! ヒカリと一緒に行ってくるぜ!
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「罰金100兆円!」
少し顔をそむけつつ、チケットを突きつける。
「え、何?」
ジュンの幼馴染、ヒカリ。
のうてんきなせいかく、こうきしんがつよい。
「オヤジがくれた。スマブラ! 遅れたら罰金500兆円だ!」
「すっごーい! さすがクロツグおじさん! 行く、絶対行くよ!」
小躍りしながら喜ぶ所は“むじゃき”と言えなくもない。
待ち合わせの時間と場所を決めて、渡すまでの逡巡が嘘のように約束を交わした。
「ホント言うとね、私ジュンと一緒にスマブラ見に行ってみたかったんだ!」
「そ、そーかよ……」
「でもチケットなかなか手に入らなくて……クロツグおじさんに感謝しなきゃ!」
幼馴染の満面の笑みに挟み込む言葉がない。昔からこの笑顔には弱いのだ。
「ジュンこそ遅れないでよね。罰金より怖いのやっちゃうよ!」
「罰金より怖いのって何だ!?」
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約束の1時間前には合流し、 観戦席へのワープポイントへむかう。
テンガン山、特に頂上に存在する神殿・槍の柱は特別保護地域に指定されており、 特殊な資格を持つトレーナー以外通常立ち入りを禁止されている。
ここでの乱闘は一種のバーチャル・リアリティであり、出てくるポケモンも乱闘用に用意された巧妙な偽物だ。
しかしシンオウ神話の代表格たる二体のポケモンに通常立ち入れない美しく神々しいフィールドは、その真贋を問わず人気があった。
乱闘の熱気、ディアルガやパルキアがもたらすフィールドへの変化、それを利用した逆転劇など観客が歓声を上げない所はなく、ジュンとヒカリも例外ではなくすっかり魅了されていた。
観客席からテンガン山の麓までが帰りのワープだ。
他の所へのワープもあったが、ヒカリの希望によりここに降りることにした。
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「ジュン」
『そらをとぶ』用のポケモンを用意する幼馴染の名を呼び、ヒカリはくすっと笑った。
「急いで帰るのもいいけどさ、ちょっと話をしない?」
いつも全速力で駆けていくジュンだが、その提案は悪い気がしなかった。
「せっかくテンガン山に来たんだからヒンバスでも探しながら、さ」
「それ丸一日潰れるコースだし繁殖もう出来るようになってるだろ。何だってんだよ」
言いながらヒカリに歩み寄る。雪に足跡が刻まれる音が妙に小気味よかった。
「えへへ、ジュンとバトル以外で話するの凄く久しぶりだな、って思ったら何か嬉しくなっちゃって。遠くに来ちゃったな、っていう?」
「ポケモンとの道はどこまでも続くからな。オヤジに感謝しないと」
「変な話しちゃってゴメンね。きっと『何だってんだよ』って思ってるよね」
「いや、オレもヒカリとスマブラ見られて嬉しいし話も出来て良かったな、って……!」
その時ジュンの動物的勘が何かを捉え、ヒカリを制止する。
視線だ。
バトル相手を探すトレーナーではない。ただ、非常に多くの。
「私も見えた。ニュースでやってた『亜空の使者』って奴だね。しかも数が多い」
「ここはポケモンセンターから少し離れてる。通報しに戻ってたら危ないかもしれねーな。そもそも簡単に俺らを逃がしてくれると思えねーし」
「やるしかないよね」
視線を合わせ、どちらからともなく頷く。
「行って! ドダイトス!」
「頼むぜ相棒、ゴウカザル!」
プリムたちを着実に陰に還していく。
相手の数が多すぎることと通常のバトルでないことから、出すポケモンを追加する。
それでも彼らの指示の的確さは変わることがなく、やがて最後の一体が陰に還った。
手を合わせ勝利を喜びあうが、彼らの安堵もそこまでだった。
嫌な地響きがする――――シンオウ地方に住むものなら誰もが知っている、この恐怖。
「ヒカリ、ポケモン全部しまえ。俺の手を離すなよ!」
ポケモンをボールに入れ終えたジュンが叫ぶ。
手を取り合った瞬間、轟音と共に彼らは雪崩に飲まれた。
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気を失っていたのが一瞬か数分かはわからない。
わかるのは、このままだと確実に死ぬということだけだ。
ヒカリの手はそこにある。安心した、はぐれてはいない。
雪に埋もれたままボールを探り、相棒を外に出した。
「ゴウカザル、俺とヒカリに乗っかってる雪をどけてくれ」
相棒は命令のままに雪を払いのける。
「ヒカリ、おい、ヒカリ!」
呼びかけて頬をはたくがうめき声を上げるだけで応答はない。
「ゴウカザル、ヒカリを暖めてやってくれ」
ゴウカザルの炎がその用途に不向きなのはわかっていたが、このままだと危ない。
酷い吹雪だった。鳥ポケモンで救援を呼ぼうにもこの状況では飛び立てず、手持ちは6体。
「ビバークって奴、やるしかないかな」
手持ちのポケモンを全部出し、横穴掘りを命ずる。
壁は勝手に凍っていった。気温も低いのだろう。
身を寄せて暖めあう。特にヒカリは、ゴウカザルをはじめとする暖かいポケモンのそばに。
「こんな状況が……何だってんだよ……」
意識が遠くなるのを思い切り顔を叩きつつ、ジュンは己を鼓舞した。
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クロツグは突然の呼び出しに面食らった。
乱闘を家で観戦し息子とその幼馴染の帰りを待っていたが、なかなか戻らず嫌な予感がしていたところだ。
呼び出したのは大乱闘の戦士、しかも公的ではあるが裏に隠れた活動だった。
テンガン山の近くに大規模な亜空反応が検知され、地の利があるクロツグを呼び出したという。
「だいだいは消えたんだけど、シンオウ地方の聖地だし会場が設置されたのも防衛目的って事情もあるらしい」
緑衣の剣士は反応値のグラフや地図を差しながら説明する。
「大規模な雪崩があったみたいだからそれに飲まれて自滅、ってのも考えられるけれど、雪崩前から反応は減っていた。そしてまだ続いている」
「わかりました。それで現地調査を……という訳ですね。他のトレーナーたちにも呼び掛けます」
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じんわりと暖かかった。握られて力を送りこまれる、そんな暖かさだった。
ジュンが目を覚ましその正体を知る。
「ダディ……?」
「ああ、目覚めてくれたか。ジュン……良かった」
「って、ヒカリは!? オレ、ヒカリと一緒に遭難して……」
「お前よりはマシだった。泣いていたぞ、ジュンが目を覚まさないって。女の子泣かしちゃダメだろ」
身を起こし周囲を見渡す。暖かいが硬い部屋を病院と認識した。
「そっか、横穴掘った後オレ気絶してたんだ……危なかった」
「……スマブラを見に行ったはずのお前たちが何であんな所で遭難してたんだ?」
言葉につまる。クロツグからいつもの調子を感じない。
タワータイクーンとして対峙している時も覇気に溢れ、ここまでの冷たさは感じなかった。
「ちょっとポケモン探しにいこうかってなって、そこで亜空の使者見つけたから……手柄立てようと思ってさ! ヒカリはポケモンセンターに戻って救援を呼べって言ったけどオレが突撃して! で、倒し終わったと思ったら雪崩が起きたんだ」
「ジュン」
俯いたクロツグの表情を伺うことができない。
ただ、これまでにないくらい怒られるのだろうと思った。
「ヒカリちゃんも同じこと言ってたぞ。手柄を立てようとして無理矢理ジュンを引きずって行ったって」
「そ、そんなのオレとあいつの慎重さとか性格の違い考えればわかるだろ! あいつオレを庇って嘘ついてんだよ!」
「ジュン、私はどちらが嘘をついたとかそういうのはいいんだ」
ようやくクロツグの表情を垣間見ることが出来た――泣いていた。
「無茶するのは父さんに似たんだろう。やめろとは言わない。ただ……無事に帰ってきてくれ。それだけが私の望みだ」
頭をぽんぽんと叩いてコートを翻らせる。
「しばらく入院だ。ヒカリちゃんは隣の病室だから顔を見せてやれ。破ったら罰金5000億円だぞ」
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言葉のままに訪れると、ヒカリとポケモンたちが歓喜している。
「ジュン、良かったよぉぉ! 死んじゃうと思ったぁ……」
「いや、こっちのセリフだぞ!? 何だってんだよ!」
「ジュンにわかるわけないよ、あの時のあたしの気持ちなんて!」
吹雪を避ける横穴で、ジュンのポケモンたちに揺さぶられてヒカリは目を覚ました。
それが出来たということはジュンは起きていたはずだが、動かなくなっている。
技も性格もよく知っている12体のポケモン。薬、木の実、飲み物。
「どうしよう、どうすれば……」
あらゆる手を尽くしても時と空間が凍っていく。
シンオウ地方最強のポケモントレーナーと称えられても、大切な親友に何も出来ないのでは意味がない。
何よりも諦めや絶望という心の氷が明確に死を意識した。
「ヒカリちゃん! 助けに来たぞ!!」
現れたのは誰よりも強く、頼れる大人だった。
「クロツグおじさん! ジュンが!」
泣いてすがった。
「大丈夫、無事だ」
抱かれてかけられたいつも以上の強さと暖かさには心から安堵した。
「何といってもおじさんはタワータイクーンだ。この状況に対処出来るポケモンを連れてきたしスマブラの皆もいる。だからゆっくりおやすみ」
出したポケモンは緑に可愛らしい花が咲き、使った技は『うたう』だった。
目覚めた時はタワータイクーンらしく強いポケモンを出していたが、普段から何が出てくるかわからないコートを羽織った彼は、吹雪の山に備えた重装備でもそれくらい出せるだろうと笑ってまた眠りについた。
しかし状況が終われば怒りと涙が溢れる。
「ごめん、あたしが変な思いつきしたせいで」
「んなことねーよ。あそこのプリムはかなり多かったから観光客が危なかったかもだろ。俺とお前は最強のタッグだし」
旅の途中で気に入った6体のポケモンを使う彼らは、タイプに縛られるジムリーダーやルールに縛られるフロンティアブレーンにはなれない。
「身体は休めなきゃだけど、何とでもなるだろ。とりあえず退院したら久々のバトルな!」
「紙一重の勝負に勝ったから楽しくしたいよね」
無事を喜びあい、ポケモンたちと笑いあった。
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クロツグは子供たちの歓喜に笑い、病室の前から去った。
受付の前でスマブラのメンバーが――キャプテン・ファルコンが待っていた。
「2人とも無事意識を取り戻しました。捜索に感謝します」
「いや、礼はいい。元々我々より先に一般人が交戦してしまう事態が宜しくないのだからな」
「説教を考えてたのに無事な息子を見たら涙しか出ないから何だかなー、と。ただ少し疑問がある。君にも子供がいるのかい?」
「何故そのようなことを?」
「勘、かな。私はそういうものが得意だ」
「何事においても勘は重要だ。生死をわけたのもそれによるものだろう」
「何だかなー」
先程よりは晴れ晴れとした表情で、クロツグは二度目の口癖を吐いた。
思いふけった後、不敵に笑う。
「君はキャプテン・ファルコンではないな」
あの場に招いたはずの乱闘者たちはいつの間にか姿を消していた。
フロンティアブレーンの1人ではあるがジュンとヒカリが帰らない不安を伝えたクロツグを、世界を救う英雄が吹雪の中で独りにするだろうか、というのは当然の疑問だ。
「ミュートシティ――――イッシュ地方の伝説のポケモンが好みそうな戦士だ。彼らも関係があるのだろうな」
北国とはいえこの時期のテンガン山にありえない吹雪だった。
適切な装備をし肩から下げたコンテナにモンスターボールを詰めてなお厳しく、呼んだ実力者たちとポケモンの協力がなければどうにもならなかった。
この世界の者でも亜空軍に与し利用しあう者がいる。ポケモンにおいてもそれは例外ではない。
そしてまだ終わった訳ではない。
この病院もジュンとヒカリ、クロツグとポケモンたちしかいない亜空間だ。
ファルコンの姿が揺らぐ――――言葉がなくとも『私は何者だ』と問われていると直感した。
「吹雪の中でアルセウスに導かれ、ジュンとヒカリを守っていてくれたのはダークライだった。ヒカリも彼女の父親も、勿論ジュンと私もそういう縁がある」
――――――そして引き込まれやすくもある。
逡巡した。間違えればどうなるか、如何な勝負を重ねてきたクロツグでも恐怖を覚える。
己はともかくジュンとヒカリも巻き込み、フタバタウンで待つ妻とヒカリの母、何よりも親友を想う。他にどのような影響を及ぼすかも計り知れない。
「………………君はギラティナ。亜空軍とも利害が一致するが奴らの思い通りにはいかせたくない。そしてヒカリを気に入っているが、彼女がどちらで生きるかは少し迷うよな」
少年の眼で笑う。
「わかるさ、だからバトルで決着をつけようじゃないか。最強の仲間を見せてやる」
クロツグの手持ちは6体。迷わずそのボールをかざして叫んだ。
「行くぜ俺の相棒!」
エンペルトが飛び出し、やぶれたせかいとの闘いが始まった。
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ジュンとヒカリが呆れ返っている。
クロツグが来ないことに気付きジュンの病室に戻ると、慣れない重労働に疲れた彼は居眠りをしていた。
「クロツグおじさん幸せそう。よだれ垂れてる…………」
「ああ、ダディはやっぱりこうだ。だけどこういう所含めてカッコいいんだ。わかるだろ、ヒカリ」
「少しわからない、かも?」
「何だってんだよー! カッコいいだろ!」
騒ぎに駆けつけた看護師とポケモンたちに安静をすすめられ座って笑う。
「らっきぃ!」
「たぶんねぇ」
彼らはポケモントレーナー。ボールに入れるかの違いはあっても人とポケモンと心を通わせることを大事にする、この世界にありふれた存在だ。
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私が好んで書く乱闘世界に生きる人々の話、ですがポケモンを題材にするとすっげー関係なくなりますね。
ジュンヒカとダディ(大好き)をスマブラネタで、でだいたいはX当時に書いたものです。親子という概念は尊いですがダディは盛りすぎです。
リンク(時の勇者ですしダディ同様檜山さんですね)とファルコン(当然中身バート)と会話させる、はやったのですが納得いかず放置していました。
その時は彼らは本物だったのですが別物になりました。キュレムさんはかなり亜空の使者ですね。
リンクに化けていたのはエムリット。UMAトリオは全面的に彼らの味方ですがエムリットはフタバタウンの傍のシンジ湖に住み、何よりクロツグさんの『感情』を増幅させなければ『智慧』も『意志』も意味を持たないのではと。
ヒカリが見た幻クロツグさんはクレセリア、出したポケモンはシェイミですが「うたう」はダークライによる亜空間への「ほろびのうた」です。
一応亜空の使者的には「ヒカリフィギュア化→助けたジュンが今度はフィギュア化→2人ともフィギュア化されてポケモンたちとクロツグさんが必死で何とかしてた」です。