■Acter
スマブラ屋敷の広間。ファルコンがくつろぎながら何かの雑誌を読んでいる。
「バート、何読んでいるの?」
サムスに声をかけられ、ファルコンは困惑した。
確かに彼はバート・レミングでもある――今は素顔で私服だから、そう呼ばれてもおかしくはない。
ただ、どんな格好であろうと彼はスマブラ屋敷ではキャプテン・ファルコンで通している。
だが、そう呼ばれたのならそれに応えるしかない――
気持ちを切り替えると自然と笑顔になり、目つきも優しくなる。
「F-ZEROの雑誌です。技術系の記事が中心なので一般よりもマニアやパイロット向けとされていますね」
「何か目ぼしい記事があったの?」
「マシンにかかる抵抗が軽減されるそうです。実用化はまだ先のようですが」
「そうなったらブルーファルコンもますます速くなるわね、ファルコン」
――今度はファルコン、か。
サムスの意図がわかった。要するにからかっているのだ。
だが、乗らないわけにはいかない――それが彼の性分だった。
「ああ。他の技術も進歩しているし、これからもF-ZEROの世界は速さを増していく」
「あなたにとっては嬉しいんじゃない? バート」
「あの速度と衝撃は病み付きになりますからね。もっと速くなるといいですね」
呼び方を変える度に表情と口調が変わる。傍から見ればかなり滑稽だ。
「この前凄い速度出してあっさりクラッシュしたのに、まだ懲りていないの、ファルコン」
「テストコースだったから問題ない。それに第3コーナーまでは攻略出来たさ。次は一周回って見せる……私の中の何かを塗り替えてしまうほどの衝撃だった。あの速さを私の物にしたい。そしてあの速さで競い、その頂点に立ちたい!」
やはり彼のスピード狂はかなりのものだ。
無論そうでなくてはF-ZEROパイロットなど務まらないだろうが。
「……無理はしないでね、ファルコン」
「当然です。キャプテン・ファルコンがいなくなる訳がないんです。彼は正義の守護者であり……うん?」
――――やられた。
あまりにも呼び方がころころ変わり、律儀にそれに対応していた。そこに罠があった。
当然次でバートとファルコンを呼びかえるものだと思っていた――だが、敢えて変えなかった。
簡単な引っ掛けだ。だがそれにはまってしまった。
「ふふふ……引っかかったわね、バート」
「やれやれ、人が悪いですね、サムスさんも……」
「目つきがファルコンのままよ」
「…………こういうことがあるから嫌なんだ」
雑誌を乱暴に置く。
引っかかって逆ギレしただけにしては激しすぎた。
彼は常に余裕を忘れない――特にサムスに対してはそうだというのに。
しかしサムスの驚いた表情を見て、慌てて平静を取り戻す。
「……好きでやっていることだが、前から疑問に思っていた……何故君はこの屋敷でも時々バートと呼ぶ?」
「…………あなたがファルコンの名に誇りを持っていることは知っている。でも、あなたは伝説じゃなくて、生きている人間だから」
「そうか。なら1つ教えておこう…………親から貰った名は別にある」
サムスは眼を丸くした。
そんなこと、億尾にも出さなかった。
顔の傷については決して教えないもののむしろ聞かれたがっているような節があるし、聞かれたくないことも色々あったであろうことは察しがつく。
だが、バートというのは本名だと思っていた。
「……アンディ……とっくに死んだ者の名前」
よく笑う彼に時にふと差す影。
サムスが今まで見た中でもっともそれが濃い表情。
「…………あー、そんな悲しい顔しないで下さい。サムスさんが悲しそうだと私も悲しいですから。それに私、気に入っています。今の名前も生活も。そのおかげで皆さんに……サムスさんに出会えましたしね」
バートのいつもの笑顔に戻る。
そしてファルコンの目つきになった。
「忘れていない。アンディという名もその記憶も……だが今のファルコンでありバートである私も本当の私。信じて欲しいものだな…………君を愛するという言葉も」
「信じさせてもらいたいものね」
彼の腕をそっと抱く。
――――――私は“あなた”が好き。
「今度のグランプリ見に行くわ、ファルコン」
「ならば勝つな。そうでなくとも勝てるが、勝利の女神がついているとなれば余計にな」
「あと、また店に寄らせて。いいわよね? バート」
「もちろん。ごちそうしますよ」
日記からの加筆修正。経緯は色々妄想がありすぎてどれとは決められないですが、基本的に本名は知っています。
多重人格(というのは少し違いますが)ネタとしては割とお約束。しかしコメディのはずがシリアス風味になってしまいました。
私は元々呼称萌えですし、彼のように名前の違いに特別意味がある、というのは嬉しいです。
サムス姐さんはこれ以降も屋敷でもバートと呼ぶでしょう。
アンディとは……多分呼ばないはず。滅多なことがない限り。