気付いてしまったこと
竜の砂時計が完成し、ユーディーが元の世界に帰る方法も確立された今、
彼女がこの世界でやるべきことは、世話になった皆に別れを告げ、依頼を全て片付けることだけだった。
しかし依頼を片付けるには少し材料が足りない。
採掘場に向かおうとすると、酒場にいたヴィトスが彼女に同行してきた。
「あんたも物好きね、ヴィトス。もう借金は返したんだからついてこなくてもいいのに」
「僕が君とつるんでいるって事は一応知られているからね。最後の最後におかしな事になっては、僕の信用に関わる」
「いっつもそうよね、ヴィトスって……」
ユーディーは呆れというより哀しみの声で呟いた。
――――結局、ヴィトスにはお金が全てなのだ。
彼女が帰っても、この守銭奴は、寂しいとも思わないに違いない。
ユーディーも強くなっているのだから、ここで解雇してしまっても、問題はないだろう。
しかし彼女はそうする気になれなかった。
少しでも多く、この世界のことを記憶に残しておきたい。
今は哀しくても、後で必ずいい思い出に出来るはずだから。
「ユーディット、何をぼうっとしている!」
ヴィトスの声で我に返り、ぷにぷにが体当たりをしかけてきたのを見た。
届く前にヴィトスが切り払ったので、彼女は無傷だったが。
「全く……あまり僕に世話をかけさせないで欲しいものだね。君だってもう充分強いんだろう?」
「だったらついてこなければいいじゃない」
冷静というより冷徹なヴィトスの言葉に、無性に腹が立って。
ついつい喧嘩腰で接してしまう。
しかしヴィトスは飽くまで冷静で、呆れの色を見せていた。
「ついて行くって言ったのは僕だけど、君が雇うって言わなければ済む話じゃないか」
「またそんなこと言う! もう、解雇よ、解雇!!」
ヴィトスの返答も聞かずに、別の方向へずんずんと歩いていってしまう。
――――本当は、喧嘩なんてしたくなかった。
ヴィトスのことを、嫌味な高利貸しとして覚えていたくなかった。
確かにそれも彼の一面ではあったが、その反面、優しいところも、あったことはあったから。
でも、間違いだ。
やはりヴィトス・ロートスというのは、嫌味で腹黒の高利貸し以上の何者でもない。
そればかり考えて、あまり周囲を気にせず、採取さえもおざなりに進んでいた。
「ユーディット、危ない!」
背後から、ヴィトスの声がした。
思わず振り返ると、彼はそのままユーディーを追い抜かしていく。
「ぐっ……ううっ…………」
ヴィトスが呻く。
マンドラゴラの、混乱の粉。
まともに吸い込んでしまっている。
「ヴィトスぅぅぅぅ!」
慌てて伸ばした手は、冷たく払われてしまった。
虚ろな瞳。
効果は、覿面に現れている。
刃を向けられて、ユーディーは後ずさりした。
――あの植物女、絶対許さない。
でもヴィトスが盾になっていて、どうにも――――
気付くとヴィトスがぼそぼそと何かを呟いていた。
「僕が……守るんだ……」
「ヴィトス……?」
「ユーディットを…………それくらいしか、出来ないから……」
「あ、あんた何言って…………」
「……好きだって、言えないから…………言っちゃいけないから…………」
「…………ばかーーーーーー!!」
ユーディーは特大のクラフトをマンドラゴラに投げつけた。
当然爆発力も特大である。
背後から爆風を受けてヴィトスも吹っ飛ぶのは、至極当然。
「混乱しなきゃ言えないワケ!? そんな風に言うなんて、卑怯すぎるよぉっ!! だいたいそんなこと言うなら攻撃する相手が違うでしょ!?」
マンドラゴラはとうに倒れているのに、ユーディーは持ち物を適当に投げ続けた。
鉱石なども、混ざっている。
ヴィトスへのダメージは、加速度的に増加していった。
ぼんやりと眼を開けた。
視界が定まらない。
定まらないままに伸ばした手が、何か柔らかいものに触れた。
「いきなり何すんのよスケベ!」
衝撃と共に目に映ったものが光となって弾けた。
どうにか拡散せずに収束した光に、ユーディーが映った。
杖を握り、肩を震わせている。
慌ててヴィトスは身を起こした。
「ふ、不可抗力だ!」
「そういうことにしておいてあげるけど……混乱の粉は、残っていないよね?」
「ああ、もう大丈夫だ……」
ヴィトスは立ち上がって、マントについた草と泥を払った。
やけに焦げているようだが、気にしないことにした。
繕えばいい話だ。
「……すまない」
ユーディットを、傷つけてしまった。
混乱していた時の記憶は彼にはないが、それはわかる。
「い、いや……あれはあたしも過剰防衛しすぎたから…………あははははは」
ユーディーが乾いた笑いをあげた。
あれが本音なのか、単なる混乱から出た言葉なのか、それはわからない。
聞く勇気は、なかった。
ヴィトスが明らかに覚えていない様子だったのを見て、彼女はその胸に留めておくことに決めた。
「あたしを庇ってくれたんでしょ? ありがと、ヴィトス」
ヴィトスが微かに顔を赤らめたように見えた。
「あれだけ戻りたいって言っていて、ようやく戻れそうになったのに、戻る前に命を落としたんじゃ協力した僕も報われないからね」
ヴィトスの言葉に、竜の砂時計を抱きしめた。
これだけは、投げないでおいていた。
この想い……これも、いつかは、いい思い出になるのだろうか?
それとも、思い出にせずに…………
「……さっき解雇っていったけど、取り消しね。帰るまで、ずっと雇っておいてあげる」
「そうか……じゃあ、雇われてあげるよ」
ヴィトスが眼鏡をかけて、くすりと笑った。
――鼓動の速さは、抑えられそうになかった。
ユーディーのアトリエからヴィトユディですv
本編設定ですがファミ通連載のH鷹センセの「もうひとつの記憶」の影響受けまくり。
不器用ヘタレ眼鏡兄ちゃん萌え。
本編でもラステルじゃなくてヴィトスに引き止めてもらいたかったよう。