向かい風の中で

誘うだけ誘ったあとは、向かい風ばかり寄せてくる旅の神クロン。
早くこの村を出て行かなくてはならない。
その想いは焦燥を生むだけで、力に変わりはしない。
進むことも、戻ることも出来ない。
心は、荒んでいく。
「ちょっと気晴らしした方がいいンじゃねぇか、シレン?」
「煩いな、そんな暇ないよ……」
「その調子じゃダメに決まってらぁ。オイラの言うこと聞いてりゃ間違いはねぇって」
「何だよ、口だけ達者で、俺にばかり苦労させて……一人じゃなーんにもできねぇくせによ」
日常茶飯事である二人の口論も、どこか刺々しい。

結局はシレンが折れ、“気晴らし”をすることになった。
それを知ってげんなりしたのは、ヨシゾウタである。
彼らの気晴らし。強化に強化を重ねた装備でのオロチ討伐。
「あー、暗い暗い! ンなことやってる場合かよ風来人! 勘弁してくれって……」
悲鳴を上げている間に、シレンたちは魔窟まで来てしまった。
こうなると、変身しなければならない。
例え、二太刀でやられようとも。
「覚えていろ……ここでこの身が滅びようとも、オロチの力は残る……このままで済まされると思うな!」

返り血を軽く落として、シレンはササラ山を下りていった。
気分は、少し軽くなっていた。
次の日、目が覚めるまでは。
正確には、目が覚めて、異変に気付くまでは。
旅装束をとろうと伸ばした手は、短くて、白い毛に覆われていた。
そして、鏡がそこにあった。
鏡の中の彼は、まだ寝ていたが。
「…………はぁ?」
疑問の声は、彼のものと全く違っていた。
「んー、何だ、朝か?」
“シレン”が眠そうに目をこすった。
そして彼もまた、違和感に気付いた。
「何で俺が……そこにいるンだ?」
「お前、コッパか?」
その疑問の声に、“コッパ”が問いを付け加えた。
全く頓珍漢な問い。
しかし、彼らには意味が通じた。
「当たり前だ……って言えねぇみたいだケドな。そうなると……お前がシレンか?」
「そうだよ」

しばらくの沈黙。
そして、絶叫。

「騒がしいねぇ」
「どうしたの、シレンさん!?」
向こうで話していたらしいととやのおかみとケヤキが駆け込んできた。
特にケヤキは心配が露になっている。
「あ、ああ…………夢見が悪かったンだ」
二人の心が入れ替わってしまった……などという事情が、言えるわけがない。
非常識なことを幾度となく経験した二人でさえ驚愕したこと、理解を得られるとは思えない。
何より、これ以上ケヤキに心配をかけるわけにはいかない。
何であろうとも、彼女は結局心配するのだが。
「大丈夫、大丈夫だから……今度こそ乗り越えて見せるから。俺たちの問題だしさ」
うろたえた彼女に思わず慰めの言葉を発してから、シレンはコッパの一人称がオイラであることを思い出した。
幸いにして、その異常は感知されなかったが、これ以上ボロを出しては大変、と二人は逃げるように村を飛び出した。

「こんな姿でどうするンだよ!」
「どうするンだって言われてもどうしようもねぇじゃねぇか! 運命神リーバの気まぐれにしろ、何か原因があるにしろ、俺たちにはどうもできねぇンだ!」
森に入るが早いか、二人は口論をはじめた。
いくらかの、必死さをもって。
「進むしかねぇ……お前が風来人として。俺が語りイタチとして。このまま村にいるわけには行かないンだから」
「簡単に言うよな……お前は寝てりゃあいいんだろうけどさ、オイラ戦わなくちゃいけないんだぜ?」
「普段は逆だってこと忘れンなよ」
苦々しく呟くと、シレンはそのまま袋に潜り込んでしまった。
コッパの反論など、聞きはしない。
舌打ちをしながら、マムルを殴り飛ばした。

「あー、もう、そうじゃねぇだろ、コッパ!」
「煩いな、これでもこっちは必死にやってンだよ!」
「必死にやったってダメなもんはダメなんだよ。お前それでも俺の相棒かよ!」
20地形ほど進んだから、調子はむしろいいほうだ。
しかし自分の身体ではないという違和感と思うようにならない苛立ちは、失敗を呼ぶ。
「ったく、普段は嫌ンなるほど喋りまくるくせによ、なーんでこうだんまりになってンだよ」
「てめぇこそ普段はロクに喋れねぇくせにどうして今はそんなお喋りになってンだよ」
「語りイタチは喋るのが仕事なんだろ? 楽なもんだ」
「あーあー、それに比べて風来人はえっらいもんだ、ってことだろ? 本当だぜ。とっとと元に戻って楽してぇなぁ……」

木立の間の狭い空を見上げた。
風のない空は、遠すぎた。
いっそ向かい風でも吹いてくれたほうが、まだ気が楽なのに。
「まあ、楽は楽だよ……でもさ、俺はやっぱり風来人なンだよな。今更他のものになんてなれやしない……語りイタチにも、村の人間にも……」
「オイラも旅は好きさ。でもさ、誰かにくっついていく方が……その誰かを叱咤しながら行く方が、オイラの性に合ってンだよな。自分で旅するって言うのは、何か違う」
傍の石に腰を下ろした。
おにぎりを取り出して、シレンに分けようとする。
「いいよ。俺は平気だぜ? 今はお前の方が腹減るんだし……! 待て。食うのはまだだ。敵が来やがった!」
地面からコッパの肩に上がった。
獣道を踏み分けてくるのは、巨大な龍。
オロチだ。ヨシゾウタでは、ないが。

――このままで済むと思うな。

昨日のヨシゾウタの声が、急に二人の頭に甦った。
魔力的なものが、血にはある。まして、あのオロチのものならば。
あの台詞と、今の状況。

「「てめぇのせいかぁぁッ!!」」
二人の叫び声が重なった。
眉間に矢を撃ち込んで、ドラゴンキラーが既に合成された刀で切りかかる。
油断していたオロチは、それで切り伏せられてしまった。
「はた迷惑なんだよ!」
肩で息をした。
いつのまにか、風が戻っている。
追い風。強風。突風。
「……待て。まだここにはそんなにいないだろ、旅の神クロンよぉ!」
「話していたから……かねぇ?」
二人の身体は宙を舞った。

目が、覚めた。
傍の旅装束を取って、身に着ける。
「……あれ?」
いつもどおりの造作を、いつもどおりにすることができる。
シレンは、自分の身体を見回した。
いつもどおりの、風来人のシレンだった。
まだ眠っている相棒を叩き起こして、喜びを分かち合う。
ととやから出ると、クロンの追い風が吹いていた。
「……やっぱりこっちの方が」
「いいよな」

「まあ、それはそれとして……恨みはキッチリ晴らさなきゃ俺の気がすまないんでな。とっとと変身してくれ」
「かぁーっ、どっちがだはた迷惑だよ! 追い風吹いているうちに行けよこのトンチキ風来人!!」
「問答無用! ってね」
魔窟に龍の悲鳴が響いた。

 

1551自爆課題、「人格入れ替わりネタ」
ヨシゾウタの扱いがヒドいですが、実はシレンシリーズの中でもかなり愛しているキャラ。
使いやすいし書きやすい。とにかくヘタレ兄ちゃん最高。

 

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