月の想い人

「……ごめん、また戻されちゃった」
身を起こして、寝癖を適当に直して。
シレンさんは、すまなそうに笑う。
「ホンット情けねぇよなぁ、コイツ」
「るせぇ。そりゃ確かに今回は俺がしくじったせいだけど」
ふてくされるシレンさん、子供みたい。
かと思ったら、いきなりコッパちゃんにつかみかかった。
「けどなぁ、いっつも袋ん中で寝てやがるてめぇにだきゃ言われたくねぇ!」
「八つ当たりすんじゃねぇよこの馬鹿!!」
しばらく罵りあっていた二人が急にこちらを向いてきょとんとする。
私が、笑い出したから。
いつものことなんだけど、本気でやりあう二人がちょっと滑稽で可笑しくて……ついつい笑っちゃうの。
「ほれ見ろ、ケヤキちゃんに笑われただろうが!!」
「てめぇのせいだろ、てめぇの!!」
ケンカをするほど仲がいい、かぁ……
少し羨ましい、かもね。
いつも本当に相棒って感じだもの。

…………いつも?
ハッとなった。
「そうだ、私そろそろチョウモモたちにごはんあげなくちゃ……頑張ってね!!」

「…………」
「どうしたんだ、シレン? 早く行こうぜ」
「ケヤキさんが……」
「ああ、何かやけに急いでたよなぁ」
「……泣いていた、気がするんだ」

 

ご飯を食べにくる野良猫たち。
気紛れで、自由で。
顔ぶれが変わるのも珍しくない。
私は、そんな野良猫が好き。だから、ちゃんとわかっている。
野良猫は絶対に飼い猫にはならないこと。
わかっていた、はずなのに。
そこにいるのが当たり前で、ずっと変わらずそこにいるんだって。
つい、思ってしまう。叶うはずのない願いを。
誰のせいでもない、きっと。
私のせいでも。まして……

「ケヤキさん」

鳥居の下で。
風に青と白が揺れる。
……何でこんな時に来るんだろう。
自由な、気紛れな、特別な、一番好きな野良猫……

「……どうしたの、シレンさん?」
「出て行く前に、渡しておこうと思ってさ」
手渡されたのは小さな腕輪。
華美ではないけど内側から輝いている感じ。
「……きれいね」
「結構珍しいみたいだよ。『しあわせの腕輪』って言うんだけど」
「しあ、わせ……?」
「クロンの祝福だから、君に効果があるかはわからないんだけど」
……全く、どちらかと言えば逆効果ね。
腕輪の方はともかく、あなたのその不器用な優しさは。
それでこそ……だと思うけれど。
試しにつけてみた。
「ふふ……やっぱり少し大きいわね。いいの、もらっても?」
「気にしないで。どうせ俺は持っていけないし……あ、でもいらないからって押し付けるわけじゃないから!!」
「わかっているから、大丈夫。ありがとう、シレンさん」
安堵した笑い。
そして風の中、その瞳に強い光が宿る。
「それじゃあまた……行ってくるよ」
やっぱり野良猫。やっぱり風来人。
旅に出るって時が、一番輝いている。
それを奪うことなんて、やっぱりできない。
だから私は自然に笑うことが出来た。
頷いて踵を返す。
……風は、追い風。

その時、私には何となくわかった。
これが、最後になること。
小さくなる影を目で追った。

――私は、いつでも、ここにいます。
だから、あなたは――――

――あなたに、旅の神クロンの追い風を。

 

シレン×ケヤキ。運命神リーバも罪なことするわぁ。
シリーズ中で一番月影村が好きです。シナリオ的な部分で。ゲーム的にはアスカだなぁ。
数少ない公式台詞でしっかりとケヤキさんを「君」って呼んでたのが個人的に萌えだったりします。

 

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