■これから始まる『はじめまして』
――夢を見るなんて、いつ以来だろう。
思い出すことも出来ない、思い出そうという行為自体が莫迦らしくなるくらい、遠い彼方の概念にも思えた。
マトイが心配そうに覗き込んでいる。
大丈夫?
所詮は夢なのに、その声はやけに鮮明だ。
私の願望が形を取ったものものなのか。
それともそれを利用して【深遠なる闇】が見せるものなのか。
大丈夫だって。
無知で無謀で、そして希望に溢れていた頃の私の声がする。
何が大丈夫なんだ、根拠もなく。
忘れていた。忘れていたかった。
叶わないのなら、それは絶望に変わるしかない。
こんな夢など、私には、ダークファルスである私にはいらない――――!
「いつまで寝ぼけたツラしてやがんだテメェ!」
苛ついた声に重なる打撃音。
やけに現実的な痛みだな。
「だ、ダメだよ! 今目覚めたばかりなんだよ!? しかもそれ打撃特化マグじゃなかった!?」
「ゴメン、マトイ……コイツ見てると俺のダメな部分映した鏡みたいで何か苛つくんだ」
私にしてみればお前のそういう優柔不断で軟派な所が恥部であるのだが。
可笑しな夢だな。
【深遠なる闇】が見せる夢にしては洒落が効きすぎている。
かと言って記憶のどこにも、こんなに表情豊かなマトイはいなかった。
「あ゛!? お前は! これが! 夢だっつーのかよ!」
襟首を掴まれ、殴打一発、思い直したのか往復ビンタまで弱体。
いや、この際私に与えられるダメージはいい。
目の前にいるのはマトイ、そして私だ。
己の手を見る。ダークファルスとして変質した鋭い爪先ではなく、目の前にいる私と同じものだ。
服は、白。ゆとりのある作りからして他人にも着脱出来るような簡素なものだろう。ネクタイもない。
そして、顔。鏡はないが、額に手を当てても私の象徴である仮面は確認できなかった。
「夢でなければ、何だというのだ」
出た声は目の前で喚いている私より少し枯れている。そもそもとうに私自身の声など忘れてしまっていた。
「現実に決まってるだろうが! まだ殴られ足りねぇのか!?」
「け、喧嘩はやめてよ! 目覚めたばかりで混乱してるんだよ!」
マトイの声で、私も目の前の私も我に返る。
現実? これが、現実?
「大丈夫? もう、乱暴はダメだよ」
マトイのレスタは暖かかった。
彼女の涙が人の温もりを取り戻した手に落ちる。
「相変わらず……君は泣いているのだな」
「泣きたくもなるよ! 折角助かったのにいきなり喧嘩しはじめるんだもの!」
今のマトイは私が最後に見た彼女と同様、泣きながら微笑んでいた。
「で、どうなんだ俺。マトイがお前のために泣いたり笑ったりしてて、それが夢だなんて寝言言うのか? 夢の方が良かったのかよ」
夢としか思いようがない。
現実であって欲しい、だがそれはあまりにも過ぎた願いだ。
「嬉しいなら素直にありがたく受け止めとけよ。現実だ。【深遠なる闇】とお前をひっぺがしたんだよ」
「あのね、あのね、シャオ君があなたのために色々考えてくれてね、この人も凄く頑張って……」
「よ、余計なこと言うなよマトイ! 俺はマトイがこいつのこと心配してるからマトイのために頑張っただけなんだからな!」
「……相変わらずお前はマトイの前では格好をつけるのだな」
「お前が言うかお前が!」
「喧嘩はやめてって言ってるでしょ!」
マトイのゾンデにあらぬ雷が落ちた。
以前の彼女にはなかった覇気。
これが今のマトイ。
私が望んだ、救われたマトイ。
「私、あなたにお礼が言いたかった。あなたとお話したかった。ううん、いっぱいお話したい。私は今こんなに元気で、毎日が楽しくて、明日からはもっときっと楽しいの。だって、あなたが……」
涙で言葉にならないようだった。
「ご、ごめん、泣かないで笑わなきゃだったね。うん、だって凄く嬉しいし……うん」
「泣いても笑ってもいい。君の未来は、君が決めるんだ」
「熱い掌返しだなオイ。で、だ」
腕を組んで、少し考えている。
「お前のこと、何て呼べばいい? お前はもうダークファルスじゃないから【仮面】は変だろ。でも俺の名前は俺のだ、お前には渡せない」
「そうだね! それ凄くいい考え! 2人が一緒にいる時、どう呼べばいいのかなーってちょっと考えてたの」
「呼び方、名前……」
考えたこともなかった。
そもそもの私の名前自体、永い時の中で自分の名前としては認識出来なくなっていた。
「考えなきゃ『†ニャウのしもべ†』とか『めせた☆さぁくる』とか勝手に考えるからな」
「悪意だけでなく記号まで含むのか」
「2人とも、喧嘩は……」
ようやく笑ったマトイがまた涙ぐみ始めた。
慌てて考える。
思い浮かんだ言葉は、どこか懐かしい響きを持った、どこの言葉かもわからない単語。
それを口にすると、マトイもあいつも笑った。
「ふーん、結構マシな名前考えるじゃねぇか」
「ふふっ……」
マトイが私の名前を呼ぶ。
「この名前でははじめまして、だね」
「ああ。はじめまして、マトイ」
そして、これから、よろしく。
Pixiv先行公開でした。ペルマトで主マトなご都合主義短編。本当にご都合主義です。一切理屈は考えていません。
マトイの前だけでは純情な安藤(仮)とマトイ以外には毒舌な【仮面】がマトイを挟んでぎゃあぎゃあ言い合っているといいなぁと思います。
ご都合主義でもなければEP5後に【仮面】がマトイと一緒にいられるビジョンが浮かびません……ホントどうにかしてぇ!