■節制と誠実の小夜曲
亀国を無事に解放して、神獣・亀やその妻のミツコ姫に挨拶し、天神はマンダラの笛を見つめ風の中に佇んでいた。
これまでとは違う爽やかな潮風に露草色の髪が揺れる。
「天神と水貴、かわいそう……お話も出来ないの?」
「ああ。私……我々は600年、こうして生きてきた」
「あ、でも手紙書けばいいんじゃないか? 下手に喋るより余程伝わるぜ」
「……そういえば6通目が届いていたぞ。読むか?」
「知ってるしとっくに内容覚えちまったよ! 早く鶴見神社に行くぞ!」
3日会わないだけでこれだ。
5日空いた時の『恨みの手紙』の内容と、慌てて会いに行った時のももこの笑顔はさしもの火の勇者も引いた。
それ以上空けたら、などとは考えたくもない。
自業自得だ、と天神は思っていたが。
そしてそれは自分たちにも言えることだ、とも。
憤怒、傲慢、そして嫉妬。
創造主たる姉弟神も持っていた罪源は全ての生き物が持つものとなっている。
宿の窓から夜空を仰ぎ憂う。
ここからは高天原を望むことは出来ない。
ただ、八月の七夕祭りが開かれるだけあって、星はとても美しかった。
――――引き裂かれた織姫と牽牛は1年に1度だけ会うことが許された。
600年。
世を厭い、想いを風化させるには十分な時間だったはずなのに。
「という訳で、日記帳を買ってきた」
翌朝姿を見せた火眼が桔梗色の表紙の本を置いた。
流石はももこ、こういうのは詳しいよな、と苦笑いして。
「交換日記っていう奴やればいいんだよ。自由に入れ替われるようになったんだし」
「さっすが火眼! 頭いい!!」
ふむ、と呟いてその白い頁をめくる。
ここに自分の言葉とそれに応える愛しき人の言葉が綴られていくのか、と思うと思わず胸が高まる。
早速筆を執った。
固唾を呑んで見守る2人。
しばらくして、マンダラの笛の音が響いた。
「……ありがとう、火眼。あんたもたまにはいいことやるね」
日記帳を強く抱く水貴が躑躅色の髪に涙を浸み込ませていた。
「たまには、って会ったばかりだろ」
「表には出られないけど見ていたんだよ。ずっとね……でも何も言えなかった。私の本当の声は天神には届かない。亡霊の叫びにしかならないんだ」
筆を指先で回す。
「水貴は亡霊なんかじゃないよ! 昴にも翡翠の声が聞こえるけどそんなこと思わないもん!」
「ありがとう、昴。でも長く生きていると色々あるんだ。とにかく、これで私の本当の言葉が伝えられる」
熱心に書き綴る想い。
恋人って本当はこういうものだよな、と火眼は多数の女性への不義理を申し訳なく思う。
ももこのあの全てを呪うような手紙にも、きっとそういう想いが込められているのだろう、と。
そう思ってもあの束縛はきつすぎるのだが。
「この調子じゃあ今日は行けないな。鶴様にでも参ろうぜ」
「わかった!」
そういえば、神獣・鶴は縁結びの神でもあったな、と笑った。
しかし二人が参拝や買い物を終え再び宿に戻った時、水貴は入り口で仁王立ちになっていた。
「夕刻になるまで何をしていたんだい?」
「え!? だって、久々に話せるのを邪魔しちゃ悪いかな、って……」
気を遣ったつもりだったのだが。
「それは嬉しいよ。けれど、欲望に限りはない……人間も火の一族も地獄の者も、アグニもニニギもね。こんな日記だけじゃ足りなくなった」
何故、声が聴けないのか。
何故、この眼で言葉を紡ぎ出す表情を見ることが出来ないのか。
何故、この腕に抱くことが出来ないのか。
ふたりでひとり。
その存在を最も近くに感じるのに、その距離はどこまでも遠く声すら届かない。
再びそれを実感せざるを得なくなった。
「水貴、大丈夫?」
「大丈夫さ、昴。元々遊んでいる暇なんてないんだしね」
「あ、でも今日は泊まろう。もう遅いし……旅立つ前にももこにちゃんとあやまっとかないといけない気がした」
天の川を見上げて思い出す。
天神に教わった。
織姫は天帝の娘であり、身分違いの恋だった。
しかし二人が引き裂かれたのはそのせいではなく、結ばれた喜びに職務を放棄したからだ、と。
「私も戦うよ……ちゃんとやっていれば、ご褒美に逢わせて貰えるんだろう?」
そんなはずがないと思いながらも、呟き綴った。
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前上げた時意外にも反応いただけたし、何より書きたかったので天外魔境ZEROで天水。この世界観と関係大好き。
「交換日記やればいいんじゃない?」は当時から思っていたこと。
なのでそれで書こうと思いました。ただ、そううまく行かないよね、というのも当時から思っていました(ギャグ方面でしたが)
とりあえず気持ちを文字にする、であの「スコーン」を思い出す。
あとはいつも通り連想ゲーム。タイトルは文中で色の表現として出た「ツユクサ」「キキョウ」「ツツジ」の花言葉。
何となく青い表紙がいいなー、と桔梗色を選びついでに花言葉を調べたら「変わらぬ愛」が出て、どうせなら、と髪色の表現にも使った次第。
火眼は女遊びとニョロゲー大好きのダメ勇者ですが根はしっかりしていると思います。