狂科学者監督伝説
ここにある村は、ひとつの事で苦しんでいた。
彼らは待ち望んでいた。
この状況を打破してくれる、救世主の存在を。
彼らにとって不幸だったのが、通りがかったのが困っている人を見過ごせぬ風来人ではなく、
破天荒で自己中心的な自称エレキ箱芸術家、バリバリだったことである。
双方がまだ理解していなかった。
村人は彼を救世主と思い総出で歓待したし、バリバリの方は自分の芸術を理解する人間が貢物をしてくれたのだと、完全に勘違いしていた。
「それで我輩はこのネコボーと共に旅に出たのだ! 一世一代のエレキ箱を完成させるために! 我輩の芸術を世界に広めるために! ハハハハハハハハハハ!!」
バリバリは、酔っていた。
元々過剰な脳内麻薬に酒が加わり、おかしくならないはずがない。
頼まれてもいないのに大振りであることないことを語りはじめた。
振り回されるネコボーにはいい迷惑である。
この段階まで来ると、村人たちも何かがおかしいことに気付いていた。
しかし、もう手遅れだった。
商売っ気のないバリバリは無一文で、数日間ロクなものを食べていないために、出されたものは完食してしまっている。
この出費をどう補うか。
答えは決まっている。
彼に、やらせるしかない。
ネコボーは振り回されながらも、村人の奇妙な視線に気付いていた。
今や状況が飲み込めていないのは、バリバリだけであった。
「バリバリ殿にネットサルの監督をしていただきたい」
いい気分で寝て起きたらこの台詞。
バリバリには全く状況がわからなかった。
彼が普段は周りの状況を理解しているのかと問えば、答えは否だが。
まず、何よりも。
「何だ、ネットサルとは」
「モンスターたちの球技です」
やはり知らなかったか、と昨日の内に覚悟できたことに感謝した。
「1つのボールを奪い合い、相手の陣地に叩き込むべく戦う、熱く素晴らしい競技です!」
「球蹴りか、下らん」
その一言で村人の熱弁を一蹴した。
命がけでない戦いに、美を見出すことは出来ない。
バリバリはそのまま村を去ろうとした。
「いけませんなぁ、バリバリ殿……」
その前途を村人たちが塞いだ。
バリバリは完全に包囲されていた。
「監督をして下さらないのなら、昨夜の支払いをしていただきませんと」
「聞いておらんぞ、そんな事は!!」
バリバリは叫んだ。
請求書の金額を見て、二度驚愕。
回転の速さだけは人並み以上の頭脳は一瞬で夜逃げの算段を打ち立てたが、今は、どうしようもない。
「無駄ナ抵抗ハヤメテ大人シクシタ方ガヨサソウデスネ」
「おのれおのれぇっ!!」
屈辱、屈辱、屈辱。
不平をこぼしながら、連行されるような形でグラウンドに連れてこられた。
しかし、グラウンドというにはあまりにもそこはお粗末すぎた。
荒れ放題に荒れ、雑草が好きなように生え茂っている。
「こんな状況でして……折角他所から連れてきたサルたちも全くやる気がなく…………」
「当然だ」
バリバリは苦々しげに呟いた。
「こんな状況では例えそれが芸術的活動であっても、やる気をなくすであろうよ。やる気がないのならやめてしまうがいい。所詮球蹴りだ」
「そうは言っても、ネットサルは流行なんですよ。どこの村もそれぞれクラブを持っている」
「流行!? 下らんッ!! 貴様らには美学がない。故に流行などに踊らされるのだ! 人間型カラクリが求められようと球蹴り用カラクリが求められようと、知ったことかぁぁぁッ!!」
啖呵を切って、二人羽織を翻らせ、バリバリは村人に背を向けた。
「デモ、支払イハドウスルンデスカ?」
足が、止まった。
流石に金銭関係の問題だけは、如何に浮世離れしたバリバリでも、現実的にあたるほかない。
ネコボーは冷静に状況を判断しただけなのだが、村人はこれを好機と見た。
「挑戦せずに逃げ出すとは……そんなことでは、自慢の芸術もたいしたことがないのでしょうなぁ」
ぴくり。
「果たすべき義理も果たさずに食い逃げ、ですか」
ぴくぴく。
「ドッチモ自分勝手デスヨネ」
「黙れ黙れ黙れ黙れぇぇッ! 我輩をこやつらと一緒にするな! このような腐った連中と!」
「トリアエズ見ルダケ見テミタラドウデスカ? ドチラニシテモ今ハニゲラレナインデスシ」
頭の中に夜逃げの算段を常に置きつつ、続いて案内されたのは、練習器具庫だった。
「む……こ、これは…………ッ!」
真っ先にバリバリの目に留まったのは、錆付いたカラクリであった。
「ああ、それはキーパー特訓ロボです。人間や他のサル相手では出来ない動きもこれで特訓……」
「美しくないッ!!」
一瞬にして工具を取り出すと、座り込んで特訓ロボを弄りはじめた。
他の人間は既に眼中になし。
「あ、あの、何を……」
「このようなカラクリ、我輩の芸術に反する!」
「いや、そんなことよりサルの様子を……」
知ったことか、と怒鳴って村人を散らせた。
とりあえずどうにかやる気は見せてくれたようだという判断と、これ以上相手をしたくないという感情で、
表情はないが呆れ顔のネコボーに必要な品を全て渡し、村人たちはとりあえず帰っていった。
「イインデスカ? ソレニ依頼サレタノハソノからくりノ改造デハナク」
「監督など、お前がやれ」
ネコボーの言葉をさえぎって、無情な宣告をした。
改造はせず、解体してそれを参考に新たに作り直すつもりらしい。
「私ノ独立稼動時間ハソレホド長クナイノデスガ」
「案ずることはない。こんなこともあろうかと、バッテリーパックを作っておいた!」
喋りながらネコボーに手を加え、5分としないうちにネコボーは若干太っていた。
「……モノスゴク不恰好デスネ」
「そう言うな。我輩もお前をそんな姿にするのは辛いのだ。しかしこれも我輩の芸術の別の観点からの発露……そう思えば苦でないわ。さあ、行け、ネコボー!!」
ドウナルコトヤラ、と呟いて、ネコボーは渋々主人の命令に従った。
エレキ箱をいくつか持ち出して。
そして数週間が経過した。
バリバリはキーパー特訓ロボだけでなく他の練習メニュー用のカラクリまで作り上げ、練習にそれを投入させた。
ダイキライやキグニ族の箱が効いたのか、サル達は自主的にグラウンドを整備し、新しい監督に喜んで従った。
「練習成果ハ中々デスヨ」
「うむ、そうか」
報告を受けたバリバリは微かに笑うと、傍に積んであったルール本を手に取った。
「これによると、試合に参加するのは4匹……だが、ここには5匹いるようだな」
「アア、補欠デスヨ」
「……カラクロイドが確か2体いなかったか?」
バリバリの考えが読めてきたが、ネコボーは淡々と事実を述べた。
「からかんトからけんノ兄弟デスネ」
「連れてこい…………補欠など、不要だッ!!」
高笑いが屋根を突き抜け空に響いた。
その日からカラカンとカラケンの姿は消え、代わりのサルとして彼らよりも遥かに強力なカラクロイド・カラキンが参入した。
サル達は訝しく思ったが、やがて新たな仲間に馴染んでいった。
彼の正体を知るのは、ネコボーと、他のサルがどう思うと知ったことではないバリバリだけだった。
村人たちは満足した。
あれだけやる気もなくだらけていたサル達が、一生懸命練習に励んでいる。
しかしバリバリの人格に嫌気がさしていた彼らは、効果が現れるとともに、丁重に彼らを村から追い出した。
旅路に出るバリバリの足は、軽かった。
彼もまた、旅の神クロンの追い風に魅入られた人間なのかもしれない。
「ソレニシテモ、ヨクヤル気ニナリマシタネ」
「ああ。カラクリを使ってモンスターを強化するという発想はなかなか面白いと思ったのでな。少し試させてもらった。これでまた新たな芸術の道が開けるぞ!」
夕日に向かって高笑い。
真の芸術家への道は、まだまだ遠い。
正直これはどうなのよ、というクロスオーバー(?)ネタ。
バリバリ閣下大好きです! 相棒(まさに・笑)のネコボーもいい味出していていい!
こういう突き抜けた方も大好きなのです。