■サルビアの花にこめて
私は、両親というものをあまり知らない。
気付いた時には、兄と2人になっていた。
兄に両親について聞くと『優しい人たちだったよ』と笑う。
「本当に優しい人たちなら、何故私と兄さんを置いていってしまったの?」
私は愚かな子供だった。兄に聞いても仕方がないこと、兄が困ってしまうことくらい、少し考えればわかりそうなものなのに。
ただ、聞かずにはいられなかった。
だいぶ歳が離れているとはいえ、幼い私を抱えて生きるのが大変なのは、私にもわかっていたから。
『運命っていうのは残酷なものなんだ……父さんや母さんが悪い訳じゃない。それに、残酷なだけじゃない。素晴らしい出逢いも、これからあるさ』
困ったように笑って、兄は私の頭を撫でた。
たまに怖い人が玄関までやってくるのも知っていた。
兄と口論をしているのが聞こえていた。
『叔父さんだよ、悪く言っちゃいけない』
「でも兄さんに怒鳴っていたじゃない」
『父さんと母さんがいないのを心配してくれているんだ。もっとも、叔父さんの所の子供になる気はないけどね』
ちょっと難しい顔をして、それでも兄は笑っていた。
兄は、本当によく笑う人だ。
どんな時でも笑顔を絶やさない。しかも作り笑顔でない、本物の。
でも、わかってしまう。わかってしまった。
――兄は、苦しい時ほど、よく笑う。
大人になってもそれは変わらなかった。
兄が、死ぬまでは。
きっと痛くて、苦しかったはずだ。
私は地面に抑えつけられて彼の表情が見えなかった。
だから思ってしまう――――彼が死んだ時、彼は笑っていたのだろうか?
Dr.スチュワートに聞こうかと思ったが、私に兄の遺体の状態を見せるのはあまりにも酷だと、彼は言っていた。
表情どころではないことくらいわかる。
私を見捨てていれば、兄は死なずに済んだはずだ。
最愛の兄を殺してしまった罪を、この機械部品だらけの身体で贖っていくのだ――ダークミリオンを追い詰めることで。
そう、考えていた。
兄に似た人を町中で見かけ、兄の遺体が消えていることを確認するまでは。
そして、その人に辿り着くのに、時間はかからなかった。
「クランクがいつもお世話になってます」
気付かないとでも思ったのだろうか。
――――笑顔も、顔の傷も、そのままなのに。
名前を変えても、不器用な生き方は変わらなかったらしい。
クランクの父親のロイは兄の親友で、恋人がいないことをよくからかわれていた。
きっと、そのせいもあるのだろう。今、クランクの家族をやっているのは。
「マスターってどんな人?」
「バートのおっちゃん? 凄く優しいしコーヒーは銀河一だぜ、ってジョディ、おっちゃんのことが気になるの?」
「クランクが家ではどうしているかな、って。迷惑かけてない?」
「おっちゃんのサービス精神のせいで経理のオレが大迷惑してるよ」
クランクと仲がいいんですね、と笑う彼。
そのままの台詞を返してやりたい。
――今はもう、彼は“アンディ・サマー”ではない。
私の、兄ではない。
そう思えということなのだろうか。
新しい家族。
――――でも、彼は変わってなどいない。
私が大好きな、兄さんそのままだ。
私が店にいる間、彼は笑顔を絶やさなかった。
辛いの? 苦しいの? それとも本当に喜んでくれている?
でも、きっと私はまた来てしまうのだろう――愚かな妹で、ごめんなさい。
いつか彼をアンディ兄さん、と呼ぼう。
そして聞こう。
「両親みたいな大人になれましたか?」と。
きっと彼はこう言うだろう。
『優しくて素敵な大人になれたよ。でも』
彼はきっとその先を言えない。でも、という言葉すら出てこないかもしれない。
彼は――――きっと、私やクランクを置いていってしまうだろうから。
今ならわかる。私たち兄妹の両親も、きっと優しくて愛情に溢れた人だったのだろう、と。
だから兄もそう育ちそう在ろうとしてくれたのだ、と。
私と離れても、それが既に彼の在り方であり、変えることが出来なかった。
私はそんな兄を尊敬している。
私は、両親というものをあまり知らない。
気付いた時には、兄と2人になっていた。
いつの間にか私の周りにも人が増え、そして兄が消えたが、私も兄のように優しくて愛情に溢れた人になれればと、心から思う。
TwitterのF-ZEROワンドロの時に小説で参加したもの。
よって60分クオリティですが結構好きだったりしますw
家族捏造していますが両親(優しい)と親戚(あまり交流なし)だと思っています。