■走り続けて

コーヒーなんて簡単だ。
不味くする方が難しい。
確かにバートのように一目で相手の好みをいれられる、というのは熟練が必要だが。
しかし、クランクの淹れたコーヒーを飲んだリュウたちの反応は“こんなもん出したら店が潰れる”というものだった。
「今豆の原価高くてさー」
「だからって減らすな!」
「つい、ね」
「やれやれ。やはり私が淹れましょう」
「でもおっちゃん」
肩は、と続けようとした言葉を慌てて留めた。

男の約束だ。

ファルコンとバートが同じ場所を怪我している、と言われれば感付いてしまう。彼のように。
リュウは変に鈍いからわからないかもしれないが。

バートはいつものコーヒーを出した。
微かに顔を歪めながらの作業だったが、リュウたちは特に感付いた様子はなかった。

――良かった、気付かなくて。

――――お願い、気付いて。
苦しんでいるんだよ。
苦しんで来たんだよ、ずっと、独りで。
だから助けになろうと思ったのに。
独りじゃないから、って。
オレがいるから大丈夫だ、って。
――――――でも、まだダメだ。

 

そして翌朝、バートは紙の束をクランクに手渡した。
レシピ帳、のようだった。
「クランク、とりあえずここに書いてあるとおりにやってみよう。少なくとも、不味くはならないはずだから」
「色々細かいなー。いつもその場その場で目分量でやってるのに」
「私は慣れているからね。確かに臨機応変にするのは大事だが……」
「オレにはまだ早い、ってか。ま、そうだよな」
「主な常連さんの好みのブレンドと、あとコーヒー以外のものも書いておいたから」
「…………ありがと、おっちゃん」

 

「父さん、身体の方は問題ないよな?」
「ああ。ロバートたちのおかげでな」
ロイが元の姿に戻ってしばらく経った。
慎重に様子を見ていたが、少なくとも日常生活に支障はないようだった。
「1つ見てもらいたいものがあるんだ。ちょっと待っててくれよ」
一旦部屋を出て、次に入った時にはトレイを持っていた。
「ほう、ランチか。お前が作ったのか?」
「まあね。母さんが死んでから買い食いばっかだったし、元に戻ってからもこういう手料理ってのとは縁がなかっただろ?」
「そうだな。しかしお前が料理とはな。では、ありがたくいただくとするか」
笑ってそれを口にする。
しかししばらく食べ進めていたその手と表情が止まる。
ふと通り過ぎるおもかげ。
「…………クランク、これはアンディ……いや、お前にとってはバート、か。その……」
ロイにとっては空白の期間。
しかし話には聞いている。
その中でもごく短い間ではあったが、息子とかつての親友が共に暮らしていたことも。
「あー、やっぱ似ちゃってるか。今はだいぶ自己流でやってるはずなんだけどなぁ」
へへ、と苦笑いする。
「よく作るのか?」
「たまにだよ、たまに。一時的なものだったから本気で覚える必要はなかったはずなんだけどさ。店はハルカが受け継いだし」
ロイが再び手を動かし、コーヒーにも口をつける。
本当にいい関係だったのだろう、と思いながら。
「あいつは料理が好きだった。警察にならなかったら店をやっていたかも知れない、と笑っていた」
「はは、まんまだな。流石おっちゃん」
「特にこのコーヒーはよく似ている。俺の好みそのものだ」
「……それは当然、だな」

今度はクランクが笑みを止めた。

「それだけ、アレンジ入れていないんだ。好みのブレンドの書いた紙……常連の中に混じって、父さんのが書かれていた」
「え……?」
「粋なことするな、って思って黙ってた。父さんがいつか戻るってわかった後だったし。実際役に立っただろ?」
「そうだな。そういうのも好きな奴だった」
「書き物は苦手なはずだけどな。全部頭の中に叩き込んでるけど、感覚でやってたから」
「あー、デジタルに弱かったな、あいつは……だが、それをやったんだな。お前のために」
「いやいや、やっぱ自己満足だと思うぜ。今思えば聞かなかったんじゃなくて聞けなかったような気がするし……けど!」

笑ってみせた。思いきり、やりすぎなくらい。

「ようやく吹っ切れた! おっちゃんに心残りがあったとしたら父さんに再びこれを淹れられなかったことだと思ってたし!」
「……お前の成長を見られなかったことは?」
「…………キャプテン・ファルコンは、不死身だから」
「そうか……そうだな…………しかし嬉しいな。こんなにうまいんだから」
「へへっ、いいけどこれくらいで満足してもらっちゃ困るね。オレはもっと上を目指すんだから」

――――――そう、まだダメだ。
でも、独りじゃなかったと思う。
オレたちがいるから。
あの時も、そして今も、これからも。
F-ZEROグランプリもそのうち再開される。
そして――――――

――――いつか届いて、そして越えてみせる。

 

アニメ版「F-ZEROファルコン伝説」からクランクとその2人の父親話。クランク大好きすぎてめっさ妄想してみました。
5年後は親父&リュウそっくりなクランクですが、やはり色々なものをおっちゃんに貰っているので、目に見える形では料理がうまくなってるといいなーという願望。
親父が復活した時期はわかりませんが、私的には後半は千葉声を想定しています。少年の成長に変声はつきものさ!
原作では対外的には「親父」で対すると「父ちゃん」だった訳ですが、成長したので「父さん」
あの悪人面(褒めています)を見ると普通に親父って呼びそうな気がしますが、「父ちゃん」呼びなのかよ、というギャップに萌えたもので。

 

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