Bitter treat Black trick
ギリアム・イェーガーに関する、数多くの噂のひとつ。
『バレンタインデーのお返しがとても充実している』
非常に現金、かつ彼に関する噂の中では確実な裏が取れている珍しいもの。
――――――名前付きのメッセージカードに、贈ったものの意図に対する細やかな返事と、地球圏各地の珍しいものや高級なものが、贈ったものの約3倍の価値で返ってくる。
手作りは受け取らないので、逆に投資しやすいという注意事項兼要項まで流れている。
元より特殊戦技教導隊として数多くの伝説を残す、少し――だいぶ変わったエリートパイロットであり、鋼龍戦隊としての戦績もある。
年齢、20代後半。『人間離れした』という修飾語のつく顔立ちの整い。特定の相手はいない、とされている。
宝くじ程度の可能性としてそういったチャンスも含まれる、とまで口々にするのであった。
「そろそろ反論してもいいんじゃないかしら。俺は物じゃない、って」
ヴィレッタ・バディムは手作りの軽食をコーヒーと共に出した。
SRXチームの隊長としての職務をこなした上で、彼女はこの情報部の特別チームの執務室に入り浸る。
地球圏の情報でおおよそここに集まらないものはなく、私情もあるがこれも未来のためだ。
彼の最初の誘いのように正式な所属ではないが、信頼出来るアドバイザーとして情報部の多くからも認知されている。
「こういった繋がりを絶たないことも大事さ。思わぬ所から情報があることは多い。情けは人の為ならず、という所さ」
ペンを執りメッセージを書く。当然ながら時間外任務だ。
ありがとう、の言葉と共に苦く濃く淹れたコーヒーを飲み、端末の戦闘データを分析する。これも彼女からのプレゼントだ。
「君が妬いてくれるのなら、それは嬉しいことだからな」
「それはないわね。私のことは、ビジネスだけではないでしょう?」
くすり、と口元を歪めた。
否定も肯定もせず、コーヒーを味わう。『人間離れ』していても嗜好はあり、心もある。
「失礼。嫉妬ではなく、憂慮か。それでもありがたいさ」
微笑しての言葉に一定の成果をみるが、彼女の意思は汲み取っても、聞き入れることがあまりないのも理解出来た。
「あなたがどれだけ時間と心を割いて彼女たち個人を見ても、あなた自身は見てもらえていないのよ」
「見られても困る」
案じた声掛けへの即答が冷たく、この響きはまずいと言い直す。
「俺は少し、知られたくない部分も多いからな。美点だけ見てくれるに越したことはない」
「それについては、私も例外ではなく……ということね」
返す言葉に躊躇う。
自己分析を行うと半々といったところだ。
彼女のことは信じている。
全てを知ってもなお信頼をおいてくれるだろうと。
彼女に限らず鋼龍戦隊の者であれば皆そうだが、こと、次元を越えることや過去の持つ重みについて彼女は理解した上で、暖かさと苦味をくれるのだろう。
知っていてほしい、という願望もある。しかし同時に、彼女にだけは背負わせたくない葛藤と矛盾もある。
「……愛すべき人に格好を付けるのは悪いことかな」
「あなたの場合は明確に瑕疵ね」
柔らかく頬を緩ませるが言葉は厳しい。
「そのままのあなたが、好きよ。義理チョコにしっかり3倍返しして、メッセージにそれぞれに合わせた脈はないという意図の柔らかい表現の文章を入れるのは確かに稀代の手忠実さね。あなたは、自分で思っているほど打算だけで動ける人間ではない……不器用な人ね」
コーヒーのおかわりと共に、ラッピングされた小箱を差し出された。
「中身は……少しでも私から離れられないようにする、鎖。受け取ったら離さないわよ?」
くすり、と挑戦的な笑みを浮かべる。
彼女やプレゼントの中身、込められたその望む結果を見ることも読むことも、彼には出来なかった。
「……面白い。本当に離れられなくなるか試させてほしい」
やはり彼も目を細め、挑戦的に笑い返す。
包み紙を開き中身を検めると、何の変哲もないブラウニーだった。
困惑する――コーヒーには合うだろう。美食家の友人に料理を教わっていたから味も確実だろうとプレゼントから彼女に視線を戻すが、感情の揺らぎを確かに捉えた狩人の確信があった。
「私があなたにバレンタインにチョコを贈ることが、そこまで意外かしら」
彼が言葉で返すまでもなく勝ち誇る。
彼女にとっては、という限定にはなるが彼はとても読みやすい人物だ。
そしてこの場合であれば、言動でのかく乱は通用しない。
「……意外だ、認めよう。それに嬉しいとも。そして返礼はその約束で、ということになるな」
「ええ。これだけ沢山の人に沢山のものを返しているだけあって、明示されている答えには忠実ね」
嫉妬を覚えないと言い切れば虚実になるが、明確な好意を抱かれているという余裕はある。
「そのあなたが、自分がいなくなると悲しむ人がいる、ということだけは一向に学ばないのは何故か、という答えでもいいけれど」
「耳が痛いな。本当によく見ている」
目を伏せて口元を釣り上げる。彼女の心遣いが嬉しくないはずがなく、呪われた身でなければ――――彼女の人生に責任が持てるのであれば応えたいのに、と自嘲せずにはいられない。
「……頭に血が登りやすいんだ。悪癖であるのは自覚しているが……つい感情で動いてしまう」
何度それで決定的な過ちをしたかについては、内容は記憶に残れど数としては把握出来るものではない。
「笑わないでくれ」
彼の言葉に思わず表情を崩したヴィレッタに、反射的に言葉を重ねてしまった。
「俺も直そうとしたさ。他人から見られるように冷静であろうとした。君の見立て通り、俺は打算だけでは動けない……それに。俺を悼む人がいるのも、よくわかっている。だからこそ、その一瞬を大事にせずにはいられない、という悪循環さ」
「ふふ。笑わないわ。少なくとも、卑しみはしない。だから、少しでも冷静になる瞬間を作る約束。一瞬でも繋ぎ止める鎖。それを持つ権利すらも下さらないのかしら、ギリアム・イェーガー少佐?」
その一言に、腕を背に回して身を引き寄せ瞳を合わせ返した。
「言葉にすると、嘘になりやすくなる。俺の場合は、特に。故にこれで許してほしい」
静かに頷いた顎を取り、唇を重ねた。
「……あなたは概ね真実を言う人だと思うのだけれど。このお返しは、ありがたくいただくわ」
「一欠片の推測が嘘になり、大禍と化して、帳尻が合わされるのさ」
「そういったことは言うのね」
「それが嘘になればいい、とな」
柔らかく笑いあい、頷きあい、また重ねる。
そして解放し、少し冷めたコーヒーを味わった。
「俺は君に多くを貰いすぎて返しきれる気がしないが、少なくとも今年のバレンタインの任務は終わりだ」
「そろそろお返しをやめる、という頼みは聞けないかしら」
「義理を欠くのはよくない、という俺の行動規範及び、人の噂は止められない、という古来よりの人類の性質があってな」
「人の噂も、という慣用句があった気がするけれど」
「日付と結びついている以上、誰かしらが思い出してしまうからな」
息をつき、しかし笑う。
「君はやはり妬いているのか?」
「いいえ。呼吸と同様に口説き、任務の休憩に任務を入れずにいられない人だと知っているから、別に」
虚偽はない。皮肉は混ぜても非難はしない――微笑みが美しい、優しさが痛く愛おしい、欲求を覚えずにいられない彼女を。
「少し。コーヒーを淹れてくる。君の贈り物を、早く口にしたいのさ」
――冷静さを取り戻すため、大事に扱うために。
「ええ。あなたのコーヒーは格別だもの」
「フッ、いつも淹れてもらう側ですまないな。君との絆に、乾杯させてもらおう」
あまり甘くないチョコレート・ブラウニーに、渋すぎる程度に濃く淹れたブラック・コーヒーを添え、ふたりは笑いあう。
これからも当然のように、愛と絆の祭りを毎年行えることを祈りながら。
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スパロボワンライお題『バレンタイン』です。
何だかんだで書いていなかった気がする義理チョコ返しに追われるギリアム少佐と、呆れるヴィレッタさん。
30がタイムリーなのですが、やはりOGも別腹。
その上であまり闇が深くなく自由に過ごしている30での描写の影響は受けています。
やっぱり30はOG世界に来る前で、ヴィレッタさんと共に生きてほしいなあと思う所です。