恋は、ご多忙申し上げます。
ギリアムは秘密が多い。
話したくないことは聞かない方がよく、知らない方がいいことも多いだろう。
そもそも彼自身わからないことが多そうだ。
両目を出した方が絶対に綺麗なことだとか、変化の少ない表情でかなりわかりやすく感情が出ている所だとか。
教えたら仏頂面になりそうなので言わないが。
ただ、これだけは疑問だし知りたい。
「ギリアム」
「どうした。目的地はまだ先だが」
「遊園地に行くのは中止。計算されすぎててあまり楽しくないわ」
「確かに。では?」
読み通り。どこかの上司の入れ知恵ね。
「次で降りて気まぐれに歩く、というのは?」
「君が望むなら」
ただの恋人としてのあなたを、教えて。
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乗り換えもなく、ただ人々が乗降するだけの駅。
通勤も通学も終わり、駅前はただ賑わうだけ。
彼は少し気が散っている――未来を見ようとしている。
「置いていくわよ」
「いや、待ってくれ」
緩やかに差し出された手が私の指に触れる。
「手を取ろう。はぐれるといけないからな」
「迷子になんてならないわよ」
私は、ね。
緊張している――緊張を抑えようとしている。
なかなか厄介ね、『同調している』という感覚は。
確かにイングラムとはそういうものがあるみたいだけれど、私はどうかしら。
わからないわね。
そんなものがなくてもあなたのことはわかるから、私はいいけれど。
「何か食べようかしら」
「何がいい」
意見を求めても無駄よ。
「昼食にはまだ早いわね」
さて、どう答えるのかしら。
「あの喫茶店はどうだ」
「それはいいわね」
あなたの好きなように。
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とりあえず珈琲を。
「君はブラックでは?」
気付いてくれた。
「砂糖にミルク。そういう気分よ」
「なるほど」
「あなたもどう?」
「俺はブラックが好きでな」
少し甘くしすぎた珈琲に歪んだ口元は、すぐに笑みになる。
定食や世話焼きの美食家に頼らず、決めてみなさい。
「君は……」
「合わせるだろうから言わないわ」
「意地の悪いことを言う」
昼食1つに迷い、拗ねながらも一般的なメニューを楽し気に眺める彼は、永すぎる命と青年の外見と裏腹に、とても幼く見えた。
「サンドイッチプレートを」
「オムライスで」
彼にとっては苦くもなく、むしろ好んで嗜む珈琲を口にする。
「そうだろうとは思ったが、手軽さを優先してしまった」
「個性って大事よ」
「それでも、だ」
甘口の珈琲も悪くない。
「……なかなか難しいものだな。普通に生きるというのも」
「軍人よりは楽よ」
「戦争など嫌いだが、戦争でしか生きられない俺は」
「私はあなたが好きよ」
私は知っている。
あなたは自分で考えているより魅力的で、平和な世界が似合う人。
「これが1日続くのか」
「世界が平和になればずっとよ」
「それはなかなか大変だ」
見たことのないふわりとした笑いを見た。
「あなたをもっと教えて」
「対価は君のことを教えることだ」
「いいのかしら。教えすぎて返せなくなるかも」
「いくらでも返す。君が望むかぎり、ずっと」
直接的な情熱を受けて、少し困った――なかなか彼の場合洒落にならない。
「私はあなたが好きにしてくれることを望んでいる」
「それは困った。君の望みを俺の望みということにしたいのだが」
「あなた自身の望みは?」
「君に必要とされたい」
「最初から叶っているわね」
「答えは単純、か」
注文が届いた。
「追加で珈琲を」
「すまない、2杯だ」
珈琲はやはりブラックがいい。
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複数お題提供ありがとうございます。
一番難しいお題でした。「恋は、ご多忙申し上げます。」です。
発想と連想に繋がるキーワードが複数かつ抽象的でしかも口語、これもお題の魅力ですね。
明確なキーワードを求める私にとっては難しいお題なので、書きやすいギリヴィレです。
ヴィレッタさんに翻弄されっぱなしに見えますが、割と翻弄しています。