餓え渇く
私は渇いている。
アクアという名。
何もかもが幸福に満ちた生活。
なのに渇いて、何かを求めて、それが何かがわからない。
籠の鳥らしい我が儘さ。
扉が開いた隙に、何かを探して鳥は空へと飛び立った。
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俺は餓えていた。
身寄りもなく日々を生き抜くのに必死で、食えるものは食ったしそれで死にかけたこともままあった。
悪運と体力だけはあるらしく、死ぬことはなかった。
経験を積めば次に活かすことが出来る。
悪運と体力と経験しかない俺は、生き抜くために軍に入った。
軍は生きやすい――死ななければどうにでもなる。
戸籍だけあったヒューゴ・メディオという名が俺になった。
覚えていないが、俺の親はその辺はしっかりしていたらしい。
ある程度まで公的記録が残っていて、中間が抜けてそこから急に軍に入ったという記録が出来た。
その記録が本当に俺のものなのかはどうでもいい。
ただ地域や年頃が同じで、昔誰かにヒューゴと呼ばれてそこそこ幸せだった気がするので、そういうことにした。
俺は思ったより兵士の適性があったらしく、訓練に耐え、パイロットになった。
気の合う連中も増え、普段は馬鹿話をして戦場では必死に戦った。
墓に名を刻んだ奴も沢山いたが、俺は生きていた。
そういう繋がりで俺をスカウトしたのがアルベロ・エスト少佐。
特務部隊クライ・ウルブズの隊長だ。
俺のコールサインはウルフ8。
「くっそー、新入りのくせに生意気だ!」
笑って歓迎したのがウルフ9のフォリア。隊長の息子。
前のウルフ8は戦死して、欠員補充で選ばれたのが俺。
「生意気で悪かったな。いい奴だったか?」
「最高だったぜ!」
笑うフォリアは少し涙を流していた。
「ヒューゴ、お前ともうまくやりたいが、どうだ?」
「面白いな。やろうぜ、フォリア!」
「おう!」
物理的に餓えることはあまりなくなった。
作戦を遂行して帰還すればいくらでも食えるし、現場で鍛え上げたサバイバル料理を教わった。
座禅もさせられ、厳しく鍛えられ、戦場を生き抜いた。
何より重要な教えはクライ・ウルブズの鉄則。
『死は他人にとって、何らかの意味を与える場合もある。だが、自分自身にとっては無意味だ。倒すべき敵を倒し、生き延びろ。生に執着しろ』
その言葉は俺の人生そのものだった。
生に執着する。
「……アレだ。親父厳しすぎね? いくら生き抜くためって言っても……! その前に死んじまうだろ、こんなもん……!」
「……無駄口を叩くと死ぬぞ、フォリア」
「早々に力尽きかけてるお前にだけは言われたくねぇ……ッ!」
「黙れッ!!」
隊長の厳しい特訓と叱責で俺とフォリアは気絶した。
俺は満ちていた。
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私は満ちていた。
努力が認められ、ミッテ先生に師事した。
私はやれる。だからもっと求めないと。
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餓える。渇く。
クライ・ウルブズの鉄則と実力は強大な怪物の前には無力だった。
あいつらが死んだ――フォリアも怪物になり、死んだ。
俺の名を呼ぶ言葉は、怪物がフォリアの記憶を乗っ取っただけだった。
悪夢の末に生き残ったのは俺と隊長だけで、クライ・ウルブズは解散。
隊長は失踪し、俺は造り物だらけの苦痛しかない身体に命を飼われていた。
それでも、生き延びる。生に執着し続ける。
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生意気だ。気に入らない。
理論を否定し、経験を否定し、感情をぶつけあう。
こんな相手がパートナーか。
「ツェントル・プロジェクトはロクなもんじゃない。とっとと家に帰れ」
「嫌よ。確かにロクでもないけど絶対嫌。あなたこそ降りたら? もっとマシな人を見つけてもらうわ」
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アクア、そのマシな奴は絶対死ぬ。
この計画はお前が考えている以上にロクでもない。
そして俺は生きるために降りる訳にはいかない。
だがそれを言えば俺は死ぬ――気に入らない。
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餓える。渇く。
ミタール!
奴以上の敵などいるものか!!
俺たちを謀った。さも善意に見せかけ引き金を引かせ、悪夢を巨大化させた。
俺にクライ・ウルブズを殺させた。
奴の元にフォリアが捕らわれ、どこにいるかわかるはずもないフォリアと気まぐれに通信させる。
クライ・ウルブズの鉄則をぶつけあう。
「何度も言っただろ! ミタールと俺を殺せば親父は生き延びられる!」
「戯けが! 生に執着しろ!」
通信は唐突に切られエルデが嗤う。
「美しい親子愛ですね。下らない」
この女もミタールも利用する。
ミタールの手駒にされたヒューゴも利用する。
生に執着する。
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私は餓えて渇いている。
ヒューゴを満たせない。
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俺は餓えて渇いている。
アクアを満たせない。
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私たちは。俺たちは。
満ちている。渇いている。餓えている。
生を渇望する。
「出力、オールグリーン!」
「行くぞ!」
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餓える。渇く。
生に執着し続ける。
「俺は……!!」
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餓える。渇く。
「馬鹿な男! とっくに死んでいるのよ、あなたの可愛い息子は! 殺したのよ、あなたが! 本当に愚かだわ。人形も人造人間もクローンも死体の継ぎ接ぎも、いくらでもそれらしい姿を造れる。まして通信越し、それらしい言葉を並べればいい。でもここまで気付かないなんて、本当に愚か。これでお前のAI1への教育は終わり。人の愚かしさを教えるの!」
殺す。
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生きている。
「アルベロ隊長……!?」
ブラック・ウルフと呼称されたパーソナルカラーのカスタム機。
「……学んだか」
凶母が狂う。
「AI1、何故逃がしたの……ああ、そうなのね! あなたは学んだ! 取り込む必要はないと! 学ぶものなどないと! そうよ、私の子! あなたには私だけいればいい! あなたの進化の先を見せて!!」
「エルデ・ミッテ! 私たちがAI1に教えてあげるわ!」
「AI1が教えるのよ!」
死を。
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生きている。
無力ではなかった。生に執着しつづけた。
あれはただの悪夢だ。
「親父! ヒューゴ! 行くぞ!」
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満ちているが、求めている。
求め続ける。生に執着する。
「くっそー、アレだ。ヒューゴのくせに生意気だ! 美人の姐さん女房とパートナーとか! 2人で1つの機体動かすとか! 羨ましい! 幸せになりやがれ!! 悔しい!」
「生きていればお前もそういうことがある」
「だといいけどよぉ……そういや、お袋ってどういう人だったんだ?」
「覚えていないのか」
「忘れるに決まってんだろ鬼隊長! ふざけんな!」
「……少し、話すか。長くなるかもしれん」
「ヒュー、親父のノロケ話! 楽しみだねぇ!」
「うるさい。だがそれも生への執着になる。あいつは……そうだな、いい女だった」
「だろうな。それで?」
「最高の女だ」
「当然。早く色々聞かせろよ。嬉し恥ずかし、言いふらしまくってやるぜ!」
生き続ける。
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どこまでも求め続ける。
「行くか」
「ええ!」
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お題複数提供ありがとうございます。
ヒューアク希望他カプOKですがお題「餓え渇く」はヒューアクそのものですね!
そして私がヒューアクに一番渇望するものは「隊長とフォリアの生存フラグ」なのでそれを書きました。
捏造と趣味と性癖しかないです。でもこうなって欲しかったなぁ……