■Doubtful Coffee
彼の店に行くのもこれで何度目か。
面倒ではあるけれど、それだけの価値はある。そんな味。
「いらっしゃーい」
ただその日、店の扉をくぐった時かかった声は、彼のものではなかった。
「悪いね。おっちゃんはちょっと野暮用で出かけているんだ。もう少しで帰ってくると思うから掛けといてよ」
言われてカウンター席に掛ける。水が出てきた。
10歳くらいの少年。くしゃくしゃの黒髪。恐らくは地球人種。
こんな子がこの店にいるとは知らなかった。
私の顔をまじまじと見ている。
「どうしたの。私の顔に何かついてる?」
「……あのさ、お姉さんスマブラに出ているサムス・アランじゃないの?」
「そうよ」
私は顔を隠しているが、素顔や正体を隠すのにそれほど熱心というわけではない。
機能として必要なだけだ。
余計な詮索や騒ぎは嫌だから報道関係には流さないよう委員会には申請したが、調べようと思えば割と簡単。
だから素直にそう答えた。
「そっか。ネットで見たよ」
「ということは、君はファルコンの素顔も知っている?」
当然そうだろうと思った。
何故ならこの店の主のバート・レミングこそが、キャプテン・ファルコンの正体だから。
けれど、帰ってきた答えは予想とは違っていた。
「いいや、知らないよ。強けりゃ何でもいいし、ガセ情報が多すぎるからさ」
――木を隠すなら、森の中。
多分彼が言うガセ情報の中には、真実も混ざっているだろうと思う。
けれど、言っていないのか。
「……君、名前は?」
「クランク。クランク・ヒューズ」
そこからこの2人の距離を見出すのは難しい。
が、あまり詮索するものでもないし、隠すだけの理由は思い当たるから、とりあえず疑問を抑えた。
「オレからも聞いていいか。ファルコンとライバルだけど、普段は仲いいんだよな?」
「もちろん」
彼の方は素顔を晒すのに抵抗があったようで、少し時間がかかったが。
――――そして寡黙な印象があったのによく回る毒舌で喋られ、正直に言えば最初は引いたりもしたのだが。
「じゃあ、F-ZEROも好きか?」
「ええ。よく見ている」
「……先週のビッグブルーでのレース結果は?」
「1位ファルコン、2位リュウ・スザク……コーナーの攻め方が決め手。途中で破壊されたマシンは3台。どう?」
試されているのだろう。
だからそれに応え笑ってみせた。
そして彼もニヤリと笑う。
「合格! 悪いね。別に知らなくてもいいんだけどさ」
「わかるわ。乱入者を警戒するのも、ね」
割と平和に進んでいる世界だが、当然ながら、ところどころで軋轢があるという話も聞く。
おかげで仕事には困らない――――悪いことに。
「でもスマブラも好きだよ。おっちゃんがはまっているしね」
「それは良かった。応援しているのが多分別の人でもね」
それで最近のレースや乱闘の事情を話していると、扉が開いた。
「ただいま……おっと、すみません。少し買い出しがあったもので。お待たせしました」
「お帰り、おっちゃん」
「こんにちは、バート。いつものお願い」
微笑んで頷く。
穏やかで大人しい、丁寧で紳士的な彼。
屋敷では落ち着きがないのに、何でこうなんだか。
「何だ、サムス、前にも何度か来たことあるんだ。おっちゃんも教えてくれればいいのに」
「聞かれなかったからね。すみません、クランクが何か迷惑かけたりしませんでした?」
「大丈夫だって。なあ?」
「ええ」
ここまで早く仲良くなれたのが意外で、何だか可笑しかった。
私は結構子供に好かれる性質のようだが――自分でも原因はわからないけれど。
「それは良かった。どうぞ」
彼のコーヒーは、心の底から暖かくなれるようで。
その笑顔も、優しさに満ちている。
そしてクランクから向けられる眼、クランクに向ける眼。
少しだけ、羨ましくなった。
「あ、こんにちは」
訪れたもう1人の客。
その青年の顔は見たことがあった。
リュウ・スザク――――先ほど話題に出た、F-ZEROパイロット。
バートと話している様子からして、やはり彼も正体は知らないらしい。
そして私の話題になった。
二、三挨拶を交わしたが複雑な面持ち。
「スマブラ、か……いや、そっちは悪くないんだろうけど」
やはり乱入者には複雑な心境、か。
「ライバルを取ってしまったことになるのかな。悪いと思ってる。でもあなたはレースで争っているからお互い様……とはならないか」
「結構簡単だぜ、ライセンス取るの。ま、負けないけどな」
笑って握手。いかにもなスポーツマン。
あちらにも色々と例外はいるだろうが、彼に関しては悪くない印象。
ファルコンお気に入りのライバルというだけはある。それについては言わないけれど。
「ところで何でこの店に来たんだ? 美味いけど見つけにくくて結構穴場なのに」
「F-ZERO観戦に行った時、バートと知り合ってね。それで誘われたの」
咄嗟に思いついた言い訳。
でも我ながら上出来だと思う。
が、リュウは目を見開いた。
「……あ、悪いけど今日はクランクを呼びに来ただけなんだ」
慌てた様子でバートに平謝り。
それまで全くそんな様子は見せなかったのに。
「は? 呼び出すなら別に……」
「ばーか」
ちょいちょいと私を指し示す。
「あ、そういうことか」
クランクの呟きは私の心の中のものと同じ。
つまりは。
「いい友人と……家族かしら? なかなか恵まれた環境ね」
「でしょう? クランクがいい子で良かったなぁ」
2人がニヤニヤしながら店を出たのを確認し呟くと、悪びれもせず笑う。
皮肉混じりだったのに気付いたのか、気付かなかったのか。
つまりは、リュウは私たちが恋仲だと勘違いしたのだろう。
そういうことだ。
しかしながら、確かに好意はあるけれど、どうにも距離感が掴みにくいこともあり、そういう仲ではない。
いくら腕前が信用出来るといっても、この豹変ぶりとセールストークまで信じろと言うのは、若干難しい。
「でも、褒めてもまけませんよ」
「生憎金には困っていない」
そして、疑問はもうひとつ。更に深まった。
「……こっちだけで生きていけるはずなのに」
自分の職業でもあるが、あんなヤクザな商売をわざわざ選ぶ気が知れない。
こちらでの様子を見ていれば余計に。
「あー、それはですね……他人任せって嫌なんです。あとあっちのお仕事はヒ・ミ・ツ、ですからね」
「ここでは、ね。わかっている」
秘密に踏み込んだり軽々しく広める趣味はない。そしてこの答えに嘘は見受けられなかった。
それに。
「あなたのコーヒー、飲めなくなったら困るから」
おかわりを注ぎ足しながら、彼は口角を吊り上げた。
「よお、サムス。今から店?」
1週間後のミュートシティ、私はまたあの少年に出会った。
両手でバケットを抱え込んでいる。
「私が持とうか?」
「あ、いいよ。軽いしすぐだし」
それに、とクランクは続けた。
「おつかいも出来ないんじゃ、バートのおっちゃんに笑われるからさ」
「それが君の仕事、というわけか」
「それと経理。おっちゃん金銭感覚おかしいし」
――やはりこっちだけで生きていくのは難しいか。
思わず洩れた私の苦笑いをどう受け取ったのか、彼もニヤリと笑った。
「ところで、サムスはどんな人が好みなんだ? その、恋愛相手として」
これまた直球の質問だ。
しかし正直に言えば考えたこともない。
好感が持てる相手というなら、誠実であることが一番だとは思うが。
優しいことも、重要だろう。
だが、私の答えは。
「……私を独りにしない人、かな」
思えば今まで出会ったのは、私を愛すると言いながら、私を独りにする者たちばかりだった。
最初に出会った、両親という存在ですら。
私の表情が曇ったせいか、クランクも沈む。
「…………難しいね、それ。あ、でもさ、オレもおっちゃんに会ってから独りじゃなくなったし、いいこと色々あったんだ! だから、その……」
慌てて早口で捲くし立てる少年に、私は微笑で返した。
「私も彼と出会ってから驚きの連続。おかげで楽しいよ」
店についていつものコーヒーとケーキを頼む。
彼は主にリュウやクランクと話していたが、この私好みのセットがあれば余計な言葉はいらない。
私も少しは料理を覚えようか、とも思う。
「そういえば、バートのおっちゃんはどんな人が好みなんだ?」
また、この質問か。
しかし思わず聞き耳を立ててしまった。そうしなくても聞こえるが。
そして。
「黒髪の人が好きです」
「「ちょぉぉっっと待ったああぁぁぁ!!」」
2人が飛び上がった。
私のフォークを持つ手が止まった。
金色。彼が屋敷で散々口説いている私の髪の色。
パワードスーツは私の生体機能を調整する能力もあり、髪もおかげで艶やかだ。
そういえば彼が私を口説く時、髪を褒めることも多いな。
でも、そうか……好みとは外れていたのだな。
「だからお子ちゃまは黙ってろって言ったんだ!」
「だって本人いるところでこう来るとは思わなかったんだよ!」
「クランクの髪、サッパリしていていいねぇ。でも最近ちょっと伸びすぎだよ」
「えっ、って、おっちゃん……!?」
「笑えない……マスターのジョーク、時々だけど凄く笑えないよ」
「んー、ジョークじゃなくてこれ本当」
「笑えねぇ!! 警察呼ぶぞ、って俺が警察だけど!」
「まあその気ならとっくに手を出してます。それに好きになる時ってそういうの関係なく好きになっちゃうんです。不思議ですねぇ」
「あんまりフォローになってない!」
随分と騒がしくなった。
店の中も――私の胸中も。
しかしそんな疑問も、コーヒーの味を深くする。
それも私がここを好きな理由、かもしれない。
ファルサムにハマってからアニメを見た私が最初に妄想したのが、こんな感じのネタだったりします。
正体には気付かなくても他人の色恋沙汰には鋭いリュウ、何となくサムスに懐くクランク、そしてからかわれる2人(笑)
純粋なアニメネタでなくそっちに走るあたりが私のドグサレっぷりを表してますね!
結局その妄想を引きずり、こういう感じに進んでいきます。