黒服が似合う2人で

俄に降りだした雨に動じることなく、ギリアムは鞄から折りたたみ傘を取り出した。
「流石準備がいいのね」
「いや、2人で入るには少し小さかった」
ヴィレッタの方に傘を傾けて、口元を歪める。
身を寄せるとそのままの距離を取ろうとじりじり動く。
「私に近寄られると嫌?」
「そんな訳がないだろう。ただ、ちょっと雨に濡れたい気分なだけだ」
「何それ。風邪引くわよ」
「『雨の日に傘をささずに踊ってもいい。自由とはそういうことだ』という格言があってな」
ギリアムの言葉に、傘を持った手と鞄を持った手を握る。
荷物が当たるのを恐れて、振りほどくことが出来ない。
「一曲、踊ってくださらない?」
「ここでか?」
「自由とはそういうことよ」
ため息をついて、ヴィレッタの手を強く引く。
ギリアムの方によろめいて、身体で受け止められる。
華奢な優男に見えるが、やはり軍人であるせいか、逞しさを感じられた。
「俺の負けだ。一緒に傘に入ろうか」
「あら、踊るのもいいかと思っていたのに」
「俺はともかく、君が風邪を引いては大変なのでな」
ヴィレッタの額に軽くくちづけして、傘を握り直した。

灰色の街の中、1つの傘が雨をかき分けていく。
「……どこまで本気?」
ギリアムの体温を感じながら、ヴィレッタは呟いた。
「何がだ?」
当然のように疑問で返す。
テストなら0点になってしまうが、質問の情報が不足していては致し方無いだろう。
「雨に濡れたいとか、自分だけなら風邪引いていいとか……私とのこととか」
「全部本気だ。特に最後のことは」
「だったら風邪引いていいいとか言わないでしょうに。風邪を侮っては駄目よ」
「君に看病してもらいたいなー、なんて」
「それは本気じゃないでしょう」
「すまない」
「素直ね」

今歩む速度は、彼女の歩幅。
しかし知っている。
人生――2人は人間でないから“運命”と表現するべきだろうか――の歩みまでは、合わせられないこと。
彼は急ぎすぎている。
そして仮に速度を合わせたところで、歩む道のりは同じではない。
故にヴィレッタは寄り添おうとする。故にギリアムは距離を取ろうとする。

「だが、雨は嫌いじゃないんだ。もう流せなくなった涙の代わりになってくれる」
「私も雨は好きよ、泣いてもバレないから……今、泣きたい気分なの?」
「少しだけ。俺の未来は、この空のように先が見えないものだと思ったら、な」
歩みを止めて、傘越しに空を見上げた。
「私の未来は?」
「それは勿論、晴天だろうな」
「私とあなたの空は一緒よ。あなたはにわか雨に戸惑っているだけ」
ギリアムの腰に手を回してヴィレッタは笑う。
「私も次から傘を用意するようにするから。そして2人とも傘がないのなら」
「傘をささずに踊ってもいい?」
「そういうこと」
手を離して、ヴィレッタは雨の中を駆け出した。
ギリアムも傘を閉じて彼女を追う。
「風邪を引くぞ」
「あなたに看病してもらいたいな、って」
「本気だな」
「よくわかったわね」
足元は笑うように軽く踊り、顔は泣いたように潤みを含む。
「だが、看病は出来そうにないな」
ギリアムが呟くと、ヴィレッタも立ち止まった。
雨脚はいつの間にか弱まってきて、雲もだいぶ薄くなったようだった。
「あなたの未来はこの空のようなもの、だったかしら?」
雨を含んだヴィレッタがいつもより艶めいて見えて、そのせいだけではないが、鼓動が早くなった。
「君の天気予報は大当たりのようだな」
濡れた髪を掻き上げて笑う彼も、やはり彼女には同じように感じられた。
「あなたに関することなら私だって予知能力者になれるわよ」
「おっと、それを言われると辛いな。実は俺は君の前では予知が鈍ってしまうんだ」
だが、お互い急ぐ必要はない。
雨はもう、止んでいたから。

 

Twitterのワンライ企画(ワンドロの文章版)で書いたもの。お題は「雨」でした。
雨といえばロジャー・スミスの名言。ギリヴィレにやらせてみたら筆が進む進むw
私にしては甘い話ですね。こういうのもっと書きたいなぁ。

 

テキストのコピーはできません。