■false world

「今日紹介するのはキノコ王国! 麗しき姫君が統治する温暖で賑やかな……」
つけっ放しにしているテレビでは観光地の紹介をしていた。
「まったく、商魂たくましいねぇ。世界がごちゃごちゃになっちゃったっつーのにまず出るのが観光ツアーだぜ?」
ジャックがぼやいた。

数多存在する並行世界が、それぞれを隔てる壁が壊れて混ざってしまった。
学者は原因の究明に追われているし、政治上の問題も起きているのだが、大方を占める一般市民はそんな難しいことには我関せず。
元々広すぎた世界が、もっと広がったと言われても実感が湧かないというのが正しい所。
そして世の中、何が起ころうと、生命がある限りは何だかんだで妥協しながら回っていくものなのだ。

「ま、目が覚めたらニューヨークがミュートシティになっていた……なーんての経験したら、もう何でもありって気になってくるぜ」
「そりゃあお前はそうだろうけどよ」
「それに憧れますよ、こういう所。私も行ってみたいなぁ。で、思いっきり遊ぶの!」
「うーん、高機動小隊での給料とルーシーが取れる休暇日数を計算すると」
「クランク! んもう、憧れなんだから現実叩き付けないでよ!」
特にここ、ミュートシティでは元々異種族同士が普通に暮らしているし、新しいものや面白いものが大好きな者が集まるので、至って平和なものだった。
「まあ俺たち現場の人間は構わずやってりゃいいんだけど、それでもこないだ、とんでもねぇ奴に鉢合わせちまったじゃねぇか」
「ああ……ゼーベス星人、だっけか? 生半可な攻撃は通用しない。奴は単独行動だったからいいけど、本当は組織を組んでるんだろ?」
「スペースパイレーツ、ですね」
聞き手をしていたバートが呟く。
略奪と殺戮を好み宇宙の支配を目論む様々な種族の寄合い所帯。
その中でも最も多くを構成するのがゼーベス星人。
「そうそう。宇宙海賊? サムライゴローは奴らみたいなのと一緒にすんなって言ってたけど」
「それを言うならゼーベス星人、というのも本来は誤りらしいですよ。元々のゼーベスは平和的種族が住んでいたのに、彼らに占領されてしまったんです」
「耳が早いねぇ。ついこの前奴らが出てきたばっかだってのにさ」
「おっちゃんが詳しいのはF-ZEROばっかじゃないってこと」
何故かクランクの方が得意気に笑っている。
バートも微笑を浮かべているが。
「色々大変になりそうだよな、この先。そりゃあ面白いことも色々あるんだろうけど、俺たち警察だし」
「いや、ああいう方々は結局はお互いの利権を巡って潰しあうものです」
実際、スペースパイレーツとダークミリオンは抗争状態にある。
先程話題に出たサムライゴローも、海賊ではあるが殺しはしないのが信念のため、スペースパイレーツを潰して回っている。
連邦から疎まれ殺しを好むピコも、群れるのは好かないと傍観状態だ。
「まあ、偉い人たちも利権や派閥で大変でしょうが……平和でF-ZEROが無事開かれているなら、ね」
「楽観的だねぇ」
「いやいや。何も現れたのは悪い人たちだけではないですし。どうなるかはわかりませんが」
テレビはいつの間にかキャプテン・ファルコンの話題になっていた。
それを聞きながら、彼はこの前の“仕事”と、そこで出会った戦士のことを思い出していた。

 

高額の懸賞金のかけられた人身売買請負い組織の首領。それが今回の標的だった。
要塞は入り組んでいて、そして兵も揃っていた。
「邪魔しやがって! キャプテン・ファルコンが何だってんだ!!」
そんな叫びには応えず、銃に拳に脚。あらゆるものを使って敵を排除していく。
そしてその耳に、別の騒ぎが聞こえてきた。
どうも、同業者が入り込んでいたようだった。
そして通路が交差した時、鉢合わせた。
オレンジ色のパワードスーツ。
緑色のバイザーの向こうは見えないが、視線が交差したような気がした。
敵ではない、と判断できた。商売敵ではあるが。
――――世界が平和になるなら、他に誰が戦おうと構わないと思っている。
特にあの角男が一刻も早く消えてくれるなら、それを成し遂げるのは誰でもいい。
出来るならその因縁は自分の代で終わらせたいし、リュウが現れたのなら、きっとそうなるのだろうが。
だが、彼にも誇りはある。
“キャプテン・ファルコン”として、速さと強さで負ける訳にはいかない。
敵を蹴散らしながら、奥へと進んでいく。
パワードスーツの同業者も、同様に。
射程は相手の方が有利。ビームやミサイルを所持している。
彼も銃を使っているが、警察時代から愛用している型の拳銃だ。
取り回しの良さなら抜群なのだが、威力と有効射程には欠ける。

――だが、速さで私に敵うと思うな。

標的を捕らえたのは、彼の方だった。
ハンドサインを送る。
相手はアームキャノンを下げて立ち去った。

お互い、交わした言葉はなかった。

標的を警察に引き渡し、自宅に帰る。何とかミュートシティの夜が明ける前に戻ってこられた。
寝る前にデータベースを検索する。こういうのは少し苦手なのだが。
お目当ての相手はすぐに見つかった。
「サムス・アラン……やはり元々は異世界の住人か」
なかなか高ランクの賞金稼ぎのようだった。
実際かなりの腕前で、一歩誤れば獲物を取られていたのは自分だった。
そう思うと自然に笑みがこぼれてくる。
「なかなか素敵じゃないか」
これまでの歴史の中で、様々な“キャプテン・ファルコン”がいた。
それぞれの素性や何を考えていたのかは、今その名を持つ彼自身にもわからないこと。
ただ、その中でも自分ほど数奇な運命を辿った者はいないだろう、と思っている。
伝説にある所の“キャプテン・ファルコン”と“ブラック・シャドー”の戦いを終わらせる存在であるらしいリュウが時を越えて現れた。
そして世界の壁を越えて現れた戦士。他にも様々な者がいるに違いない。
そんな彼らと巡りあい競い合うことが出来るのが自分だった。出会うこともなかったかもしれないのに。
運命というのは面白い――――時に残酷でもあるが。

「それにしても地球人種の女性、か……コーヒー、好きかな?」
少しだけ“バート・レミング”らしい笑い方をして端末を切った。
――だが、そんなこと、あるはずもない。
戦場でまた会うことはあるだろうが。

しかしその彼の予想は外れることになる。

確かに何度か鉢合わせたのだが、問題はある日ファルコンハウスのポストに届いた手紙。
それは、『大乱闘スマッシュブラザーズ』への出場の招待状だった。
話には聞いていた。
様々な世界の有名な戦士を集め、戦わせる興行が開催される。
そしてキャプテン・ファルコンも参加者に選ばれた。そういうことだ。
だが、ファルコンとしての仕事の受け口は別に設けてある。
「……脅迫も同然だな、これは」
出場者には賞金と名誉、そして他にも望みが叶えられるという。
だが逆にこれは、その力は別の方向に振るわれるかもしれないということ。
それにこの開催委員会、実態が不透明だ。
本拠地からトップまで、何から何まで伏せられている。あちこちに事務所が作られてはいるが。
F-ZERO委員会の方は各地の富豪や政府筋が絡んでいると知っているし、トップのメンバーもだいたいは把握しているのだが。
「しかし……悪くない」
こんなに表立って動いている“キャプテン・ファルコン”も、自分が初だろうが。
ただ問題は、自分のキャパシティを越えてしまうのではないかということ。
今でもかなり無理のある生活をしている。
そう客の来る店ではないし、道楽者で通っているので出歩いても何とかなってはいるのだが、望ましいことではない。
それに――――

「どうした。メットを取らないのか?」
初戦はあのサムスであり、今回は負けてしまったのだが、終了後パワードスーツを解除した彼女が話しかけてきた。

――――輝かんばかりの金糸の髪に、ブルーファルコンの青も負けるかも知れない美しく強く碧い瞳。

好みのタイプは実は黒髪の人だし、女性の恐ろしさは嫌というほどわかっているが――――
とりあえず彼女に相応しいコーヒーのブレンドは一瞬で組み立てられた。
それが彼の特技なのだが、いつも以上に速く。
「……これから仕事なのでな」
だが、そう冷たく言った。
「忙しい身、か……まあいいわ。良くわかるし。でも、あなたには負けないから」
彼女が微笑したので口元だけで笑い返し、屋敷を離れた。

――――そう。素顔を出さない訳にはいかない。
それをしてしまって、いいのだろうか。
ファルコンは自分だけの名ではないし、何より、素顔を出した状態で己を殺さずにいるのは彼には難しかった。
思案しながら顔の傷を指先で微かに撫で、ふと今は店でリュウの相手をしているのを思い出し、慌ててそれをやめる。
「そういや昨日、スマブラ……だっけ? あれにキャプテン・ファルコンが出てたけど、もしかしてマスター、見に行ってたのか?」
「もちろん。私はファルコンのファンですから」
素顔でも、もう作り笑いだか本当に笑っているのだかわからないくらい、嘘をつき続けているのだが。
「さすが追っかけだな。しかし、ファルコンのライバルは俺なのになぁ。あの形式でも負けない自信あるぜ?」
「申請して審査に通れば、出られるらしいですよ。実際、ピカチュウとかそうみたいです」
「それはやめとく。俺、高機動小隊の仕事だけでいっぱいいっぱいだし。ちょっと悔しいだけさ」
それを聞いて、胸を撫で下ろした。
彼は対抗心が強く、無理をしてしまうことも多いから。
自愛してくれるなら嬉しい。彼のことは、運命だとかライバルだとかを抜きにしても、人として好きだった。

そしてきっと――――彼女のことも。
屋敷で過ごすサムスを見ていて、もっと知りたい、という感情が湧きあがってくる。
ふとした瞬間に見せる、寂しそうな表情も。
事情を知りたいとは思わない。自分も聞かれたら困るから。話すなら、当然聞くが。
ただ、他愛のない話でもして、そして自分の淹れたコーヒーを飲んでもらいたいだけで。
それで少しいい気持ちになって貰えれば、幸いだ。
彼女だけではない。ここで戦う、ライバルであり戦友である者たちに。

が、“キャプテン・ファルコン”は。
彼が聞いてきた歴代の、そして実際に見た先代の生き様。

リュウたちは良かった。偶然ではあるが、バートとしても出会えたのだから。
だが彼らがミュートシティの路地裏の店を訪れるなどというのは、いくら運命に操られようと、流石にないだろうとわかる。
顔だけなら、素性さえ隠しておけばということが頭をもたげる。
だが、それは甘い考えだと思った。
少し知れば、もっと知りたくなるのが常。
そしてサムスは、薄々気付いている。
「……データベースを見たけど、すぐ仕事に行く割に、バウンティ・ハンターとしてはそれほど稼いでいないのね。それ程の腕があっても」
「F-ZEROもあるからな」
「私、ちょっと気に入ったから見ているけど……まあいいわ。知られたくないことも、色々あるでしょうし」
そう。彼はレース自体もそれほど出ている訳ではない。
出れば大抵優勝するが、出てくるかどうかはわからない。だからこそ印象に残る。
そして、F-ZEROに興味があるのは彼女だけではない。
フォックスもとても聞きたいことがある様子だった――――無理もないが。
何しろ亡き父親と同姓同名の男が出ていて、おまけに彼と遊撃隊として商売敵になっている。
2人に限らない。
――自分が彼らのことを知りたいと思うように、彼らも自分のことを知りたがっている。当然のことだ。
だが、日常と戦場の境が曖昧になるのは彼が最も恐れることで。
自分の感情のせいで親友を死なせ、親から貰った自分の名も、妹の生身の身体も、守りきれなかったのだから。
それに、正体を明かさなければならないとしたら、それは彼らよりも先に、リュウやクランクでなければならないはずだ。
彼らを巻き込んだことに、許しを請うつもりも、許してもらえるとも思っていないが、言わなくてはならないことが沢山ある。
だが、話せば彼らを今以上に波瀾の運命に巻き込むことになる。
そんなのは自分1人で十分だ。

ずっと、悩んでいた。

その日もクランクが買い出しに行っている間、乱闘者たちのそれぞれによくあったブレンドを密かに味見しながら思案していた。
そしてドアが開く音がした。
「ただいまー、おっちゃん。お客さん連れてきたよ」
「はいはい。いらっしゃい………………!」
振り返り笑った目を、思い切り見開いてしまった。
何故なら、クランクが連れてきたのは、ジョディ・サマー――――紛れもなく、彼の実妹だったから。
彼女の方も、目を丸くしていた。
「兄、さん……?」
わかっていたはずだった。
クランクが高機動小隊に入った時点で。
いや、ミュートシティに住むことにした時点で。
いつか彼女が、死んだはずの兄を見つけるだろうことは。
それでもこの街を離れられなかったのは、情報がすぐに入るのと、便がいいのと――すぐに救援に向かえるのと、第二の故郷とも言える場所だったから。
「あなたは、アンディ・サマーではないんですか……?」
視線が痛い。だが、もう嘘には慣れている。
「いえ、私はバート・レミングといいます。小隊長の方ですよね? いつもクランクがお世話になっています……それに美しい走りをする」
だがこれは、身内贔屓などではないはずだった。
正直に言えば、そんな危険な仕事はしてほしくないが、自分に似たのだろう、と。少々無茶をしすぎたと反省している。
彼女用のブレンドのコーヒーを淹れた。少し、昔とはテイストが変わっている。
「美味しい…………また、来ても……いいですか?」
――――やめてくれ!
そう叫びたくてたまらなかった。
真実と虚偽を織り交ぜるのが自分の生き方。
嘘だって必要だ。夢を見せることも大切なのに。
剥ぎ取らないでくれ。お願いだから。
もう兄を求めないで欲しい。
守りきれなかった自分に、兄を名乗る資格などないのだから。
もう巻き込みたくなんてないのに。
それにもう新しい幸せを掴んでいるはずだ。
「ええ……また来て下さい」
そしてまた、嘘をつく。

――――これも嘘。あれも嘘。嘘、嘘…………嘘だ!

「……兄の淹れたコーヒーを思い出しました。とても優しい兄……でももう少し、自分のために生きても良かったんじゃないかと思うんです」
「ジョディ、お兄さんのこと好きだったんだね」
片付けを終えたクランクがしみじみと言う。
「ええ。今でも大好きよ。とても嘘付きで、そして嘘が下手だった。ただ1つ、いえ、2つかしら? 見抜けなかった、そしてとても重要な嘘があるけれど……」

――下手、だって?

「……それで良かったと思うの。それではごちそうさま、マスター」
微笑んで勘定を置く彼女を、彼は慌てて呼び止めた。
「お代は結構です」
「いえ、そんな……」
「いいんですよ。こんな店で良ければ、是非また来てください……小隊長さん」
今度出た笑顔は、心の底からのもの、だった気がした。

――――望みが叶うって、このことか?
そう思わずにはいられなかった。
“キャプテン・ファルコン”としては良くても、アンディ、そしてバートとしては最低だと思っていたのに。
許されてしまった。
その利己的な部分まで。
「おっちゃん、何ぼーっとしてるんだ?」
「いや……」

世界が変わった時、“キャプテン・ファルコン”の在り方も変わる。それも当然のことだ。

――――踏み込む勇気を持て。

いつだか言われた台詞を、思い起こしていた。

 

「ん? どなた……ってぇ、まさか、ファルコン!?」
リンクが慌てふためいている。
何食わぬ素顔で屋敷に現れたのだから、当然ではあるが。
「ふふ、意外とナイスミドルなんで驚いてしまったかな? そう、キャプテン・ファルコンさ」
「どういう気まぐれだおっさん!」
「んー、私は確かにおじさんだが、それを馬鹿にされるのは好きじゃないな。私は素敵な歳の取り方をしたから。それに気まぐれなんかじゃないよ、ピカチュウ」
「おっさんはおっさんだろ!」
「はいはーい、質問! その顔の傷、何なの? ちょっとかっこいいけど」
「それは秘密」
プリンの問いにニヤリと笑う。
「…………ファルコンさんって…………ぼくのパパもこういう人だけど」
「あんまり喋らないしすぐ消えていたのに……ボクの影がまた薄く…………」
「ルイージは強いよ、自信持って! で、ボクと力比べしてくれる?」
「ははは、挑戦はいつでも受付中だよ。でも人を第一印象だけで判断しちゃあいけないね。私ぐらいになると見る目が出てくるが。経験の差さ」
「ぼく、いいひとだってわかってたよ。おいしーもん」
「そうですね。美味しい人はいい人です! だから皆いい人です!」
「ハッハー、2人とも判断基準はそれなのかい? ボクもわかっていたけどね! じゃ、改めてようこそ!」
「ああ。ちなみに、普段はバートという名で喫茶店をやっている。良かったら来てくれたまえ。割引するよ。という訳で屋敷じゃ絶対に料理はしないからそこの所をよろしく」

それが彼なりの、境界線だった。
結局、リュウやクランクには言っていない。
どれだけ世界が変わろうと、彼らにとって、そして彼自身にとって、その名や正体は特別な意味を持つ。
そして幸運にも、か、不幸にして、か――彼には悩む時間が与えられていたから。
無論、墓まで持っていくつもりもないのだが。
義理立てにもならない、義理立て。

「ったく、がめついなぁ。色々稼いでいるんだろ?」
「それもビジネス、なのでな。金はいくらあったって困ることはない」
いくらあっても足りない。金も、時間も。

「それとサムス…………後で話がある」

自分も他人も騙す嘘。
ただ1つ、確かな真実と呼べるものがあった。

他者への“好意”

 

ここのファルコンとF-ZERO組の基本設定的な。アニメ版知らない人にもわかる……と嬉しいんですが。
しかしここのSSにしては長い。そして捏造度の高さが半端ねぇ!
原作からして多面性の塊すぎて、なかなか難しい人です、彼。でも何とか書いていきたいところ。
ただ、本編でも嘘を続け、教室でも「嘘ですv」を連発するので、私的な彼のキーワードは「嘘」です。シリアスだろうがギャグだろうが。
そして嘘がバレる時も当然来ますが、それはまた追々。
スペパイの方々、プライムでは結構お茶目な所もあるんですが、私のイメージはスーパーと漫画版。

 

テキストのコピーはできません。