■危険な火遊び
「もう少し食べるかい?」
「うん!」
「店員、追加注文! それとお茶持ってきな!!」
何故か触覚と羽を持つ、無邪気な少女。
街中の、しかも茶店にも関わらず帯刀している、尊大だが美しい女性。
どちらも一人でいたとしても、存分に人々の様々な視線を集めることができるだろう。
その二人の取り合わせ。しかも、仲がいい。
そして極めつけは、ここは出会い茶屋であるという事実。
「何じろじろ見てんだい!!」
怒声が響いた。
この女性、尊大なだけでなく気が短いらしい。
見るなといわれると見たくなるのが人の常。
しかし柄に手をかけて睨みを効かせると、慌てて目を逸らした。
――私だって好きでこんな所にいるわけじゃないんだ。
茶菓子を口に入れながら水貴は一人ぼやいていた。
昴はよくわからずに草団子をほおばっている。
ただ火眼がなかなか戻ってこないことだけを不満に思っていた。
一晩別の所に泊まっていたから余計に。
彼らこそ地獄の軍団を倒すために旅する火の勇者ご一行様――――なのだが、こんな町で足止めを喰らってしまっている。
しかも戦いとは関係ない理由で。
――――あのマセガキ勇者様、事態がわかってんのかい!?
行く街行く街で出会い茶屋を見かけるたびにふらふらと吸い込まれるように立ち寄る火眼。
勿論女の子に手を出すためだ。
そんなことをしている余裕がどこにあるというのだ。
だいたい誠実さが足りない。
何人囲っているのか馬鹿らしくて数えていないが、少なくとも各国に一人はいる。
天神とは大違いだ。
多くの者が彼に言い寄る中で、自分だけを愛してくれた。
地獄の裏切り者ということで批難や中傷の的となる自分を常に庇い慰めてくれた。
「ねえねえ、おまんじゅう頼んでいい?」
「ああ……好きにしな…………」
尽きぬ思い出に浸り気のない返事をする。
昴は少し膨れたが注文が来た途端に笑顔に変わった。
――――甘いものは好かないと言いつつ水貴の不慣れな菓子を完食してくれた。
傷ついた彼女をつきっきりで看病してくれた。
花の美しさを、透き通る空の青さを教えてくれた。
二度と戻ることはないが今でも目に浮かぶあの日々。
愛しい人――――
「やーあやあやあ、待たせちゃって悪いな!」
こめかみに筋が走った。
――空気を読め、空気を。このバカ勇者。
まだお泊り気分が抜けていないらしく顔は緩みきっている。
昴にさえだらしないお顔、と言われるほどに。
「見てんじゃないって言ってるだろ!」
再び視線が集まったのを一喝。そのまま火眼を引き摺って外に出る。
不機嫌の極み。早く敵にぶつけないと身が持たない。
「水貴ー、そんな怒るなよー」
「誰のせいだと思っている!」
「えと、えと、昴のせい?」
「ああ、違うんだよ、昴。あんたは悪くないよ……むしろあんたがいなかったら私はとうの昔に限界を超えている」
「あー、じゃあ俺のせいなわけか」
「そうじゃなかったら何だ!」
「更年期しょうがッ」
火眼を掴み上げ地面に叩きつける。
「一度地獄見てみるかい!?」
「しゃ、洒落になってねぇって」
――――火の勇者といっても12歳。まだ悪戯もしたい歳だろう。悪戯の意味が違う気がするが。
それに戦いとなると頼もしいのだ。無論天神には劣るが。
腹は立つが仕方ない、か。
苛立ちは魔物にぶつけよう、と町を出ようとした、その時だった。
「…………なんだい? あんたたち。通してくれないか?」
立ちはだかる、町人の集団。
妙に殺気立っているが、魔の気は感じないから地獄の手の者ではないらしい。
「ところがそうもいかないのさ。このまま黙って踏み倒されるわけには、な」
「踏み倒す? 何のことさ。装備を整えたけどちゃんと払ったよ…………火眼、何こそこそしてるんだい?」
忍び足で逃れようとする火眼の襟をつかみ睨みつける。
「あんたまた何かやったんじゃないだろうね!?」
「い、いや、別に……」
「眼ぇ見て言いな!」
その勢いに火眼はうろたえつつ、事情を話した。
一言で言えばこうだ。
――女の子への貢ぎ物を買いまくった。
「地獄に落ちろ!!」
「火眼サイテー!」
「だってあの娘が買って欲しいって」
「そうやって巻き上げるのが仕事なんだよ!! 取り返しに行ってきな!」
「いや、それがさー、これで故郷のお母さんに孝行が出来るって言って帰っちゃって」
「……あんたを殺す! 地獄の連中の前に私があんたの息の根を止めてやる!!」
堪忍袋の尾が切れ、締め上げる。
町人は思い切り引きまくっていたが、彼らにも生活がある。
ここで逃げられる訳にもいかないけれども、町で刃傷沙汰も御免だ。
「あ、あの、姐さん方ならすぐに返せると思いますぜ」
「あーあ、結局このバカ勇者の尻拭いかい。ま、魔物退治なら引き受けるよ。それ以外でも働けって言うなら働くさ……出会い茶屋以外ならね」
「? 水貴、何で? くりまんじゅう売っていればいいんじゃないの?」
「あんたは知らなくていいよ、昴」
全くもって教育に悪い。0歳児に教えることではない。
妖精とはいえ――――いや、妖精だからこそ。
「手っ取り早く返すんならそれが一番なんだがねぇ。まあそこの嬢ちゃんは流石にお茶汲みしかさせられないし、ガキは宣伝でもやってもらうしかないんだけど」
「冗談じゃないよ!」
「いやいや、別に寝る必要はないのさ。血さえ流さなけりゃ何やってもいい」
「そうだぜ、水貴。その態度で貢がせまくれば……」
「どの口が言うんだ!」
というわけで。
火の勇者様御一行は、しばらく“あるばいと”をすることになったのであった。
そう、水貴は、出会い茶屋で働くことになってしまったのである。
――――あたしの男は天神1人だって言うのに。
下卑た眼をした年の頃30代ほどの痩せ型の男がやってきた。
金はなかなか持ってそうだ。
「で、姉ちゃん、あんたは俺に何をしてくれるってんだい?」
厭らしい視線だ。地上の堕落した者などこんなものか。
火の者に守られねば生きていけず、地獄の誘惑に逆らえぬ者共。
だが、こういう相手ならやりやすい。
「剣舞、見せてやるよ」
双刀を抜いた。右手の小指に誘惑の指輪をつけて。
水貴は舞った。
――これだけはあの最低の姉たちに感謝せねばならない。
能力が弱く出来損ないとして蔑まれ、出来ることと言えば愉しませることだけだと地獄の音楽や舞を教え込まれた。
そして、水貴は人間にはない美しさを持っていた。それだけで十分に相手を魅了することが出来る。
おまけに今の身体は、高天原からきた火の一族、天神のものを借りている。
男と女。天上の者と地獄の者。その相反する要素の入り混じった人にあらざる者の舞。
剣舞を華麗に締めると、男はすっかり魅了されていた。
「…………有り金全部置いていきな」
小声で囁いた。
刀を抜く必要はなかった。
男は言われた通りに持ち金を全て水貴に渡すと、ぼんやりとした眼のまま部屋を出て行った。
それを何人か繰り返したが、効かなかったことはないし、苦情が来たという話もない。
あっという間に水貴は目標金額を稼いでしまった。
昴は要領が悪いからあまり稼げていないだろうから、と彼女の分も稼ぐ。
火眼のことなど知ったことではない。
「肩書き、金、物……これは何か分かるか?」
“あるばいと”を終えて集合すると、天神が火眼に問いかけた。
いつの間に入れ替わったのだろうか。
「え、えーっと……女の子を口説くのに必要な物」
「そう。そして…………真実の愛に不要な物だ!」
刀を抜き払い火眼の喉元に突きつける。
「よくも私の水貴にあのような真似を……!!」
「いや、借金したのは悪かったって! けど別に寝たわけじゃないんだろ!?」
「寝なければいいという話ではない!」
「ねーねー、一緒に寝るのって何か悪いことなの?」
「昴……愛、欲望、信頼…………共に寝る理由だ」
「? わかんなーい」
ひとまず昴の無邪気な言葉に怒りを鞘に収める。
「……次やったら容赦はせん」
「あ、ああ……悪かった、ゴメン」
しかし。また次の町で、火眼は早駆けで出会い茶屋へと向かっていく。
「火眼! あんたまだ懲りてないのかい!?」
「何がそんなに面白いのよぉ! 昴と遊んで!」
「昴とじゃあこういう遊びは出来ねぇからさ!」
「まだそう言える理性があるならとっととやめちまいな!」
彼らが地獄の軍団を倒す日はいつになることやら。
SFCのRPG、「天外魔境ZERO」から水貴姐さん中心ネタ。
水貴姐さん大好きです! 嗜好が全く変わっていないぜ!
妄想は色々あったけどSSに出来たのはこれが初。いやー、長かった。
やたらアレですが、こういうゲームです。いやホント。遊び方にもよるんですが、火眼は自分的にはこう(笑)