聖なる亡霊

クロガネと別れ、伊豆基地に帰還せんとするヒリュウ改。
そのデータ室でうとうとしていたギリアムの頬に、熱いカップが押し当てられた。
驚いて覚醒すると、それを行なっていたのはヴィレッタ。
「寝るなら個室にすることね……コーヒーと、携帯用食料」
「気が利くな。しかし特に栄養補給の必要は感じないのだが」
「消耗しているんでしょう? システムXNの仕組みは知らないからそれが原因かは知らないけれど」
「皆の力を借りたしそれほどでもないさ。SRXチームの心配をした方が懸命だ」
「私は隊長よ? そちらは既にフォロー済み」
「それは失礼。では、ありがたくいただくとするか」
笑ってそれを受け取る。
それを見たヴィレッタは少し目を丸くした。
「……どうした?」
「あなたがそんなに柔らかく笑ったの、初めて見たから」
「そうか?」
「いつもは口の端を少し上げる位……微笑、と言うべきかしら。でも今のは、確かに笑っていた」
「感情表現が苦手なのは昔からだが……そうか、笑っていた、か」
今度は微笑んで、コーヒーに口をつける。
インスタントでもやはりいいものだと思う。
ブラックで、誰かに――特に彼女に用意してもらったなら余計に。
「アギュイエウスを破壊したからかしらね」
「まあ荷が1つ減った……ことになるのかな」
微笑をやめ一瞬俯いたが、すぐに頭を上げまた口をつける。

そういえば、システムXNの起動コード……“アポロン”と“ゼウス”の2つを使っていたけど……何か意味があるの?」
「“アポロン”も“ゼウス”も、神話に登場する神の名だ」
「それは一応知っているわ。そうじゃなくて、わざわざ分けてあった理由。どちらも次元の扉を開くことに変わりはないようだけど」
「ああ。他にも起動コードは設定されているが、どれも機能に差異はない」
「……気分、ってこと?」
「そうなるな」
食料を齧りながら、ヴィレッタから少し目を逸らした。
元々読みにくいというのに、そうなってしまっては読み取ろうにも読み取れない。
読み取られたくない、という感情が読み取れるだけだ。
「だが“こちら側”ではないが、かつて“ゼウス”と”アポロン”の名を持つ、新しい世界を切り開く者と終焉をもたらすものが戦ったことがあるのさ」
「……どちらが勝ったの?」
「大抵意志が強い方が勝つものさ」
ヴィレッタは無言でそれを聞いていた。
――――それが負の思念であろうと、意志には変わらない。
ただ、彼の声の優しさからすれば、その時勝ったのは希望を持った者なのだろう。
アインスト世界からの帰還。
その時の彼の言葉と、使ったコードが“ゼウス”だったことからしても。
ヴィレッタが喋らないせいか、ギリアムも無言だった。

先にヴィレッタが口を開いた。
「…………イングラムはT-LINKシステムに次元を越える力を与えたはず、だったかしら?」
「そう言ったな。そして当たっていた」
「私が話さないことまで知っているのね。イングラムのこと……前もそうだったけれど」
「そうでもない。ただの直感さ。それにシステムXNを完全なものにするために、色々調べていたのさ。俺は念動力者ではないから使えなかったがな」
次元を超える力をひたすらに追い求めた。
時流エンジンもその1つ。
何をしてでも、取り戻したい世界があった。
「……システムXNのことはこれ以上追求しない。でも、ひとつ聞かせて…………“アポロン”と“ゼウス”…………どちら側だったの?」
「…………少し違うな、ヴィレッタ」
空になったカップを置いた。
「……俺は結局、どちらでもあり、どちらにもなりきれなかったのさ。だからどちらかであろうという君の推測は間違っている」
「そう……」
「ただ、“向こう側”で俺が名乗っていたヘリオスという名は、アポロンと同一視されることもある太陽神であり……“アポロン”が拠点としていた要塞の名だ」
「前者の意味は一応聞いたことがある。オリンパス、も神の住む山だったかしら」
「“アポロン”が進めていた計画の名でもある。読みが少し違ったがな」
「……“アギュイエウス”と“リュケイオス”も神話由来?」
「ああ。神話におけるアポロンの添え名だ。こちらはあの戦争では使われておらず、ただの連想だ」

ヴィレッタは黙ってしまった。
名前。
それに由来があるのは良くあること。
皮肉の意味を込めることも。

俯いたヴィレッタに、今度はギリアムから眼を合わせた。
「…………ギリアムというのは元々仲間たちから呼ばれていた名だ。だから、この世界で生きると決めた時……名乗る名はこれしかないと思った」
「……本名、ではないの?」
「そのあたりの記憶は曖昧なんだが……君がヴィレッタ・バディムであるのと同じ、だと思う」
「…………そうね。下らないことを聞いてしまったわ。それに……何をしていようと、それを贖う意志があり、共に戦う仲間であるのなら……よね?」
「ああ。しかし、本当に悪いことをしたな」
真実を全て告げなかったこと。
一度振り払った手。
「そんなことはないわ。あなたは皆のことを想ってそうしたのだし、それで良かったはず……それにとっさにあんなことを言ったけれど、確かにあの時は……」
「いや、君が言ったとおり他にも方法はあった」
「え……!?」
「…………共に脱出する、という方法が。実際、そうしただろう?」

仲間を逃がすと同時に、混沌を招くもの――彼自身を含めた――を因果地平の彼方へ葬る。
終焉――――“ファイナルコード・アポロン”

仲間の力を借り、人と人との想いを繋ぎ、共に帰る。
希望――――“エクストラコード・ゼウス”

「……あの時のことを忘れないためにそういった名前をつけた。ギリアムという名を含めて……贖罪の意志を、忘れないように」
「ええ。そしてそのためにあなたは転移を行なおうとした」
「…………だが、忘れていたんだ」
「何を……?」
「罪を償え、というのは“ゼウス”の1人に言われたことなんだ。無論俺自身の意志もあるが、きっとそれが一番の理由だ」
「忘れてなんていないじゃない。あれが本当の意味での贖罪になるかどうかは別にして、あなたにとってはそうだったのだから」
「それを言われた時の、正確な状況を、だ。忘れるはずがないと思っていたが……無意識に、いや、意図的にそうしたのかもしれない」
「…………“アポロン”として戦って、“ゼウス”に敗れた……けれど、彼らはあなたを殺さなかった……そう読めるけれど」
「ああ。そして………………『亜空間から彼らを逃がし、自らは次元の狭間に消えるために力を使った』」
「……!」
「その時言われたことだ……そして正確には『カッコつけるな、生きろ。生きて罪を償うのがお前のやるべきことだ』という言葉だったんだ」
「似たようなことをゼンガー少佐も言っていたわね。自戒の意味で、だけど……本当に、忘れていたの?」
「…………アインスト空間に辿り着き、君たちの姿を見た時、思い出した。そして、あいつが本当に言いたかったのは前半だったのだろうということも……わかっていたはずなのに忘れていた」
「その人のことは知らないけれど、そうだったのでしょうね……いえ、そうだったはず」
「そしてここの仲間の皆もそう思っていた……一番肝心なことのはずなのに。俺自身も言ってきたことなのに、忘れていたんだ。あの時は……何も見えなかったんだ」
命を懸けるべき時というものはある。
だが、それに託けて逃げたのではないかという自分自身への疑念。
「……でも、思い出せたでしょう? 皆がいたから。誰かが忘れても、他の誰かが覚えている……そういうものでしょう?」
「だが、俺が生き続ける限り……俺はまた裏切りを繰り返すのではないか」
「皆がラミアに言ったでしょう? あなたなら大丈夫だ、と。あなたも言っていたわね。そして……何かあったら絶対に止める、と」
「…………そうだな。下らないことを聞いてしまった」
ようやく、2人とも微笑を取り戻した。

「それにしてもいつの間にか消耗が消えているな。どこのメーカーのものかな?」
「コーヒーは艦の備品だから調べてみれば? 食料の方は……」
「……ヴィレッタ・バディムはどこで手に入る?」
ヴィレッタは目を丸くした。ギリアムがまた少し、目を逸らした。
「それはSRXチームでしょうね……でも、その台詞、似合っていないわよ」
「情報部には聞き込みもある……結構自信があったんだが」
「あなた外見と声はいいからね」
「中身は?」
即座に、しかも素で返してしまった。
そのあたりは普段は流すのがこれまでの彼だったのだが。
ヴィレッタは笑みを強くした。
「……とても信頼出来る、けれど油断ならない人よ」
忘れない。忘れさせない。
忘れたくない。忘れさせたくない。
共にある時、その記憶、そして想いを。

 

OG2ギリヴィレ。ヒロ戦のことをバラしちゃったぜ話。
ただ、本編でいうなら外伝時点でもまだバラしてないと思います(感づいているとは思いますが)
タイトルは「XNガイスト」の直訳。私的には「救世主の亡霊」かな、と思っていますが。
やっぱりギリヴィレの洞察力(と少し感応している?)はいいですねぇ。
「お前は……!」とか「早まらないで!」とか妄想していたVSアポロンまんまで、コードもアレだから「VSアポロンきたぁぁぁ!」と思っていたんですが、
よく考えればまさしく「ギリアム! てめえカッコつけるんじゃねえ! 生きろ!」な場面でもあったのに気付き(遅いよ!)勢いで書きました。

 

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